こんな事を書いた手紙が、お婆ちゃまの所に届くのか、私にはわかりません。
 でも書かなきゃ、書いておかなきゃ駄目だって思ったので、書くことにしました。私にはまだわからないことだらけで、何を書いていいのかわからないのに、でも書かなきゃいけないって思うんです。
 お婆ちゃま、こんな困った手紙を送ることになってしまってごめんなさい。



 ごめんなさい、許してください。






 ガダラルさんが帰ってきたっていう連絡が来たのは昨日のことでした。
 私は本当に嬉しくて、でもすぐに蛮族の襲撃に備えるから家にはまだ帰ってこないっていう伝言を聞いて、泣きそうになってしまったんです。伝言を伝えに来てくれたルガジーン様の顔は疲れ切って真っ青になってましたし、ガダラルさんが元気なのか聞いてもごまかしてばかりで何も答えてくれなくて。
 ルガジーン様が何も言わないでごまかす時は、答えたくないことがあるときなんです。
 何も教えずに準備があるからって帰ってしまったルガジーン様を見送ってから、私は家の中に渡さなきゃいけない大事な物があるのを思い出しました。せっかく作ったお守りなのに、ガダラルさんが忘れていくからこんなことになったんです。

 家の外が段々騒がしくなってきたので、私は急いで街の中に走っていきました。
 ガダラルさんは蛮族の襲撃がある時には、家から絶対出るんじゃないっていつも言っていましたけど、あの時はそんなことすっかり忘れていました。私にとってガダラルさんは大切なご主人様で、私を大切にしてくれる人で、私もガダラルさんを大切にしたいんですから。

 大事な人にお守りを渡したいって思ったあの時の私は、ガダラルさんとの約束を破った悪い子でした。ガダラルさんにはこれからまた怒られるんでしょうけど……

 だけど、私は何度でも同じ事をしたと思います。




 私がアトルガンにはじめて来た時、蛮族の襲撃で辺りはすごく混乱していました。
 安全な場所に避難する人たちがたくさんいて、その人達を誘導する人たちもいて、色々な物を見ることができました。でも今はあの時とは違って、アルザビは知らない街じゃなくて、知っている街です。1年近く暮らした街なのに私の知らないところがいっぱいあって、知っている人が見たことのない怖い顔をして歩き回っているのが、あの時のアルザビでした。
 そこら辺を歩き回っている蛮族たちに見つかりたくなかったので狭い道を選んで歩いていたんですけど、大きな路地の闘う人たちの中にルガジーン様がいるのを見つけました。家ではいつもガダラルさんに怒られていて、大きな体を小さくして謝っているルガジーン様が、真面目な顔で沢山の傭兵さん達に指示を出していて、まるで違う人みたいでした。
 近くにガダラルさんもいるのかと最初は思ったんですけど、そういえばガダラルさんは競売周辺で闘うことがほとんどだって前ザザーグ様から聞いたことがありました。だからガダラルさんの所へ急ごうと思って………………………………………………

 あの時と同じ物を見たんです。

 最初にこの国に来たとき見た物、すっかり忘れてしまっていた物を。
 ぐちゃぐちゃになってふくらんで、安物のソーセージみたいに一気に弾け飛んで。それから、ぼたぼたと赤くて気持ち悪い物がいっぱい振ってきて、私の体にべたべたとくっついて。
 ガダラルさんに渡そうと思ったお守りも、気持ち悪い色に染まってぐちゃぐちゃになりました。
 私の他にも路地裏にいた人たちがいたんですけど、その人達もべたべたがくっついたところからふくらんで、みんな苦しみ出しました。




 私だけ平気でした。




 私だけ、普通に生きていられました。




 私の出した声で慌てて走ってきてくれたガダラルさんは、忘れろって言ってくれました。さっさと体を洗ってこいって。




 でも忘れられません。
 あの時ふくらんでどろどろになってしまった人は……私に無理矢理気持ちに答えをつけることはないって教えてくれました。大事なことを教えてくれた人を忘れる事なんてできません。


 ルガジーン様がこのあと家に来て、全部を話してくれるそうです。
 私が何故ガダラルさんの侍女見習いになったのか、私はこれからどうすればいいのか、大事な話なのでガダラルさんと私とルガジーン様と3人で話して決めなければいけないんだそうです。
 ガダラルさんが言ったみたいに本当は全部忘れたいです。忘れちゃえば私はガダラルさんと一緒に、今まで通りずっと一緒に暮らせるんですから。

 でも、それは一番しちゃいけないことですよね、お婆ちゃま。

 これからどうなるかわからないけど、ちゃんと話を聞いてきます。そしてどうなったのかを手紙にして、またお婆ちゃまに送りますね。
 訳のわからない変な手紙を書いてごめんなさい。でもお婆ちゃま、一つだけわかって欲しいことがあります。

 私は何があってもガダラルさんが大好きで、そしてお婆ちゃまのことも大好きですから。