赤い髪の房が、小さな音を立てて床に落ちる。
「もう少し短めにした方がいいかな?」
「揃えるくらいでいい、そろそろ雪も降る」
「私としてはもう少し短い方が好みなのだが……」
 小さく不満を漏らしながら、ルガジーンの手は休まることがない。
 綺麗に毛先を整え、ボリュームの多い部分の髪を少し削いで量を減らす。上半身裸のまま椅子に座りルガジーンに無防備な姿をさらしながら、もう恒例になってしまった仕事への愚痴を互いにこぼし合っていたりしたのだが。
 そっと首筋に手が置かれた。
 手の冷たさに冬を感じながらも、湯上がりの暖まった体を驚かせたことに文句を言うと、
「素直じゃないな」
 と、見当違いの答えが返ってくる。
「貴様の言うことは最初に会ったときから意味がわからん」
「素直に言えばよかっただろう、他人に首筋を触らせるのは怖いと」
「…………わかってたなら貴様が言え!」
 一歩間違えれば命に関わりかねない首筋の側で刃物が動くのが、どうにも落ち着かず。今までは一度も他人にやらせたことがなかったのだが、このお節介天蛇将が何かにつけて整えさせろとうるさく、気がついたら任せるようになっていた。勿論、彼の長ったらしい髪の毛先を整えるのも、その時から自分の仕事になったのだが。
 耳元で何かがちぎれていく音がするのが、心の奥底の恐怖の源泉を刺激する。それは誰がやっても変わらないことで。
 奪われて、引き裂かれて、切り刻まれていく。小さな己の一部を切り落とす作業が、昔いた戦場に自分の心をを引き戻すなんて、そんな情けない事を言えるはずがない。
 痛いところを突かれて押し黙っていると、どこか寂しげなルガジーンの声。
「……私も似たようなものだ」
「貴様でも怖いか? あれだけ蛮族どもを斬り殺しているというのに」
「だからこそだ、君以外に髪を切らせようとは思わないよ」
 君以外は信用できない。
 言外にそう言われ嬉しくもあり、そして悲しくもあり。互いだけを信じるのは楽だが、それが良いものを生み出さないこともわかっている。きっとルガジーンだってわかっているはずなのに、小さな絆を大切にして、しがみつき続けているのはきっと。

 弱くてどうしようもないから。

しんと静まりかえった、寒い部屋の中でただナイフの動く音だけ。
 暖まっていたはずの体もすっかり冷えてしまい、心もすっかり冷え切ってしまった状態の中。
「終わった、これでいいだろうか?」
 いつもと変わらぬルガジーンの声を聞き、そっと手で髪を確かめる。望んだとおりの少し長めの髪……ではなく。
「いつもとかわらんだろう、これは!」
「私は短い方が好みだと先程言ったが。うなじが少し見える程度の長さが君には一番似合っているよ」
「俺に風邪を引かせる気か!」
「私がそんなことさせないつもりだが、お望みなら今すぐにでも温めて……」
「そうか……温めて欲しいのなら、今すぐ焼き殺してやる」
 立ち上がって抗議というか、脅しをかけてみるが。切ってしまった髪は再び伸びるのを待つしか無く。おまけに相手が全く怯えないのだから、脅すだけ無駄な気もしてきた。
 ため息をつきながら、彼の流れる黒髪をぎゅっと握りしめる。
「ガダラル?」
「座れ、今度は俺が切ってやる」
「それは有り難い」
 上半身に纏っていた服を無造作に脱ぎ始めるルガジーンを見ながら、さてどんな髪型にしてやろうかと考え初めてはみたのだが。闇の滝の様に流れるこの髪を崩してしまうのも勿体なく、結局はいつもと同じようにしてしまうのだろう。
 と、ここまで考えて。
 自分も好みを相手に押しつけている事に気がついて、相手のことは言えないなと少し反省するガダラルであった。