場所自体が魔法の宝箱。
 いつでも温かい料理は食べられる、部屋の隅々まで掃除が行き届いていて心地よく過ごせる、おまけに帰るときはお土産(という名の強奪)までついてくる。最初は蛇蝎の如く忌み嫌っていたのに、クッションを抱きかかえながら床でごろごろする姿を見せるほどの仲になるなんて、想像もしていなかった。
 そう正直に伝えると、酒のつまみ用の干した果物をくわえていたガダラルが呆れたような顔でこちらを見た。
「貴様が勝手に俺の家に来ているだけだろうが」
「だってここ居心地いいし」
「そんなことをほざいてるから太るのがまだわからんのか?」
「ちょ、ちょっとくらいふくよかな方が可愛いって……多分誰かが……」
 言ってくれるといいなあと思いつつ、豊かな食生活によって少し肉がついてきた腹を軽く撫でさする。最初ナジュリスから力を貸して欲しいと言われたときは、なんでこんな男のためにと思ったのだが。事情を知り、彼の家に足繁く通うようになってからは、その考えはすっかり変わってしまった。
 馬鹿がつくほどまっすぐで、嫌になるほど不器用で。
 自分に向けられる悪評すら飲み込んで、自分が決めた未来のために突っ走る。馬鹿だ馬鹿だと散々ミリに言い放つが、その実自分が一番の馬鹿だということもちゃんとわかっていて。自分も女だが、女には理解しにくい好人物といえばいいのか。
 自分が今飲んでいる蜂蜜酒のように、甘く優しい味わいはないけれど。その味の深さを知ってしまえば自ら手を貸してやりたくなる、そんな不思議な男。
 ただし、日頃馬鹿だの阿呆だの言われ続けているので、恋愛感情に発展することは絶対にありえないが。
「ところで、ウィンダスからの連絡は?」
「あ、それね。多分それが一番いいだろうって、チニちゃんへの負担も少ないだろうしって」
「やはり宰相の奴と話をつけんと駄目か……面倒だな。それにしても、貴様は大丈夫なのか、相当無理をしただろうに」
「あっちの族長様に無理矢理話通してもらったから。見返りに何要求されるかちょっと怖いけどね」
「何か言われたら、隠さずに言ってこい」
「うん、じゃあ今日のお土産にお魚がもうちょっと欲しいかなって」
 却下、とあっさりと言いながらもガダラルの目はいつもより優しかった。
 足を崩して床に直接座って。目線が近いからこそ、同じ戦場で戦っているからこそ伝わる何かがそこにはある。
この季節に氷を浮かべた酒をがばがばを飲み続ける男を見ながら、ミリはつくづく思うことがある。 黙っていれば端整な顔立ちと綺麗な赤毛が印象的な美形なのに、なんでこう。
「お母さんだよね……つくづく」
「殺すぞ」
 子供のためには自分の身を投げ打つ事を選択する、そういうところが母性の表れというか。普通は父性と表現すべきなのだろうが……
「ねえガダラル、このクッションこの間まで角がほつれてたけど誰が直したの?」
「…………」
「やっぱりお母さんだ……」
「うるさい! さっさと飲んで帰れ!」
 こういうところは可愛いんだよなあ、なんで結婚できないんだろうとちょっと彼の不憫さを哀れみつつ、ミリは魔法の明かりに照らされて金色に輝く蜂蜜酒に口をつけた。


 家に連日連夜客(ミリ含む)が訪れる状況で、結婚もへったくれもないということにミリが気がつくのはもう少し先の話である。