男二人でただ向かい合って黙りこくっているのもおかしな図だが。 それ以上にその場をおかしな雰囲気に演出しているのは、テーブルの上に置かれた、いやテーブルを占領している豪奢すぎる物体だった。持ってきた相手もこの場にこれは……と思っているらしく、失敗したと言いたげな表情で下を向いてため息をついている始末。 ため息は耳に入ってくるが、目に見えるのは先日自分が殴った顔。腫れが治まってきて、後は顔の鬱血が消えるのを待つだけになっているルガジーンの顔を見続けるのもいやだったので、顔をわざと背ける。肌の色が濃いエルヴァーン故、ここ数日あまり人に聞かれることもなかったらしい。 このまま無言で通しても良かったのだが、暗い顔の男とこんなもらっても困る物体と顔をつきあわせ続けるのは勘弁願いたかったので、こちらから口火を切ってやることにした。 「それで、どういう意図でこんな物を持ってきた」 「…………花をもらって気分を悪くする人はいないと…………」 「俺は女ではないのでな、こんな物をもらっても扱いに困るだけだ」 子供の口車に乗るな馬鹿、と軽く罵ってから 花自体は嫌いではないが、どこでどうやってこんなものを調達してきたのやら。鮮やかな赤い花弁が重なり合うことで美しさを増し、女王のような容姿にふさわしい香りが部屋中に広がっている。暑く湿った空気の不快さを澄んだ匂いが紛らわせてくれているのはありがたいが、この派手さはどうにかならないだろうか。 レッドローズと可憐な野草を組み合わせ、リボンで綺麗に飾られた花束は、女性なら確実に喜ぶ物なのだろうが。 「持って帰れ」 「だろうな」 がっくりと肩を落とし、花を手に取ろうとしたルガジーンが哀れだったわけではないが、まあ前は自分も少しは悪かった。多少は譲歩してやらねば、この見た目は冷静沈着だが実は浮き沈みの激しい男が、何をしでかすかわかったものじゃない。 決して可哀想になったとか、そういうわけではない、決して。 座っている椅子の肘掛けをつかむ手に力を込め、屈辱とかプライドとかを押さえ込みながら、なんとか口を開くことができた。 「ま、まあ俺も悪かった」 「ガダラル…………」 「今度からは理由を言ってから殴る、それでいいな」 「色々と矛盾しているというか、つっこみたいというか、腑に落ちない点はあるが」 「どこに矛盾がある? それとニヤニヤするな」 「いや君にそこまで言ってもらえると思わなかったのでな」 心底嬉しそうに笑みで表情を崩すルガジーンに、ますます手に力がこもる。 喜ばせるために謝ったわけではないというのに。結局、素直に喜びを表現してくる彼の前では、意地を張っても、どれだけ壁を作っても無駄なのだ。壁を作ればその前でいつまでも待っているであろうし、本気で抵抗しても疲れ切って動かなくなるまで待った後、静かに抱きしめるのだ、この優しい男は。 そう思ったら、ここしばらくの苦悩がすっと溶けたような気がした。 誰かを守るために自分を追い詰めるのは簡単だが、だからといってこの笑顔の価値がわからなくなるような自分にはなりたくない。 「顔色が悪い、今日はゆっくり眠った方が良さそうだ」 「言われなくてもそうするつもりだ……」 ただでさえは今日は忙しかった、そう言いかけてあわてて口をつぐむが彼の笑顔はわずかも揺らぐことはなく。自分が寄り添う相手として選んだ男は、本当に懐が深いというか馬鹿というか。まあ彼がどちらかはゆっくり眠った後決めればいいだろう、そう結論づけてから、さっさと着替えて床に潜り込むことにした。 ルガジーンのことだ、この暑い夜に当然のごとく同じ床に潜り込んでくるだろうが、今日は何も言わずに許してやることにした。 胸に残る罪悪感を消したかったからかもしれない。 皇宮にあがるとき以外は身につけることがない正式な礼装。 それをガダラルが着ていることの意味を、彼が気がつかぬはずがないのに。 |