鮮やかすぎた空の色に陰り見え始めた陰り、本来ならもう船に乗って明日の朝には皇都に到着しているはずだったのだが。
「…………さっさとしろ、どれだけ長い間そこで悩んでるんだ!」
「どちらがいいと思う? 女の子にはこの色合いの方がいい気もするのだが」
 でもこちらは織りが、と露天に並べられた色鮮やかな布をとっかえひっかえ取り出してはまた元に戻すという動作を今回の同行者が繰り返して数時間。船に乗る前にちょっとだけという約束で寄ったというのに、船はちょうど今港を出て行こうとしているところで。更に言えば次の便は深夜なので、かなりの時間待たなければならなくなってしまった。
「これがいいのならこれにしろ」
「いや、それだと色が……あの子もそろそろ年頃なので、もう少し娘らしい格好をさせてやりたい」
「女が青を着てもいいだろうに」
 鮮やかな青に鳥を意匠化した精緻な刺繍が施されたものと、色はかわいらしい桃色だがシンプル極まりない織りの二つの反物。それを両手に持ち、ひたすら悩み続ける姿は子供へのお土産を必死に選ぶ過保護な親そのものである。深刻に悩めばいいのに、悩んでいる姿がまた楽しそうなのが、ガダラルのイライラを増幅させる。
 ここが公衆の面前で、彼が天蛇将でなければ燃やし尽くしてやりたい。
 まさかこれがアトルガンの平和を最前線で守る五蛇将の要だとは、誰も思わないはず。聖皇から直々に頼まれた内密な任務のため、ごく一般的な傭兵と変わらぬ服装できたのが唯一の救いだった。もしアルゴルなんて目立つものを持ってきていたら、天蛇将は見事な親馬鹿だという噂が皇国中でもちきりになっていただろう。
 こんなのに皇都の平和を任せてるなんて知られたら、皇民の信用がどれだけ落ちることか。そう考えるとため息しか出てこないのだが、今までの反動だと考えればまあ納得がいくところだろうか。軍人なんていう荒っぽい仕事に長い間就いており、子供もいない生活を長い間送っていると、どこか人恋しくなるのが人の常。そんな時、自分に懐いてくれる子供ができてしまえば、できる限りの愛情を注いでやりたくなるものなのだろう。
「そんなに子供が好きならさっさと作ればいいだろう、貴様相手ならどんな女でも足を開くに決まってる」
 海側から吹き付けてくる風のせいで、一気に辺りが冷え込んでくる。ルガジーンを軽くからかいつつも、次の船が来るまでどこかで暖まろうと適当な店を目で探していたガダラルだったが。
「…………何だ?」
 布を両手に納めたまま、じいっとこちらを見つめてくるルガジーンとふと目が合ってしまった。大事な仕事とか、そういうこととは全く関係のない、悪戯を企む子供のような嬉しそうな瞳。
 こんな目をするときは、毎回ろくでもない発言しかしないのだが、自分から聞いてしまった以上相手に発言させないわけにはいかなかった。
「君が産んでくれるのなら考えるが」
「産めるか!」
「あれだけしていれば、いつかはできそうな気も……」
「もういいっ! 両方買え、さっさと帰るぞ!!!」
 目を丸くしている店の主人に金を投げつけ、図体のでかいエルヴァーンの首根っこをひっつかんでこの場から逃げるように露天から急いで距離をとる。また行けない店が増えたなと自分のちょっとした発言の愚かさに後悔しつつ、自分は土産を買ってない事に気がついたガダラルだった。
 結局この後船が着くまで暖まるという名目で入った宿に一晩『子作り』目的で泊まることになったことも、土産を買っていかないで泣かれたのも、ガダラルにとっては最悪級の思い出として心に残ることになるのだった。