『シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜』











 神は天に在り、世は全てこともなし。
 気持ちのいい風と、上からいくらでも降り注いでくる暖かい光。おまけにシャーリーの多少不格好だが味はまあまあ保証されている弁当が目の前にあったりする、ルルーシュにとってはとてつもなく満足できる時間。
「ねえルル、本当に……私のお弁当でいいの? ルルが作った方が絶対美味しいのに」
「俺の弁当はロロが持ってる、ロロと合流できないとわかった以上、シャーリーが分けてくれた方がありがたい」
「確かに多く作りすぎたとは言ったけど……ルルが見るとわかってたら、もうちょっと気合い入れて作ったのに〜」
 淡いピンク色の敷物の上に、シャーリーの作った弁当が並べられる。
 バスケットから取り出されたのは、サンドイッチと女の子らしい一口サイズのおかず。彼女も友人と食べる予定だったらしいのだが、その友人に急遽用事ができたそうで。互いに利害が一致してこうやって共に食事を楽しむことになったのだが、ルルーシュとしては彼女のギアスが解けていないかを確認するためという目的もあった。
 ルルーシュに対して何の影もない笑顔を向けてくる彼女を見れば、ギアスの軛がまだ彼女を縛っていることははっきりとわかる。これなら彼女に必要以上の監視をつける必要はないだろう、そう判断してルルーシュは笑顔を絶やさずにシャーリーのお手製サンドイッチを口元に運んだ。
 ちょっとマスタードが薄い気がするが、十分美味しいと言えるレベル。
「シャーリー」
「ご、ごめん。おいしくなかった!?」
「そうじゃなくて……マスタードは嫌いだろう?」
「う、うん。あんまり得意じゃない」
「友達が甘党ならいいが、もう少し辛くしてもいいんじゃないのか?」
「ルルはマスタードが多い方がいいんだ。次からはそうするね!」
「いや俺じゃなくて、友達のことをだな…………」 
「で、他に直すところは!?」
やけに気合いを入れてメモを取り始めそうな勢いのシャーリーに半ば引き気味になりつつも、ルルーシュは食事を続行する。中庭で可愛らしい友人と食事を楽しみながら、時間の経過を楽しむ。たまにはこういう豊かな時間を堪能することくらいは、自分に許してやりたい。
「あ、あれジノ君とアーニャちゃんじゃない?」
 というシャーリーの声がなければ、今日の夕方までは本気でそうしていたかった。
「…………見なかったことにしておけ」
「わたしとルルでもこれだけあったら多いと思うし、みんなで食べれば楽しいと思うけど」
「貴族様にこのサンドイッチを出すのか?」
「…………ええっと……」
「それに俺はシャーリーと二人で食べたい」
 細長い筒を持ったジノとアーニャは、ルルーシュ達の目線に気がつかないのか、何かの準備を始めているようだ。アーニャが巧みに人員整理を行い、ジノは体を動かして軽くアップを始めているようだった。
 皇帝直属のラウンズが何を始めるのやら。
 サンドイッチにかぶりつきながら様子を見守っていたが、アーニャに問答無用で移動させられた生徒達がジノの周辺に集まりだし、どうも様子が見えにくくなる。ロロでもいれば様子を見に行かせるのだが、そのロロがいないのだから今回は自分で見に行くしかないだろう。
 別に放置しておいてもいいのだが、いや本当は放置しておくべきなのだが。
 いきなり転校してきてあっさり学園に馴染んだあのラウンズ二人はどうも危なっかしいというか、はっきりいえば本気と冗談が紙一重すぎて本質をつかみづらい。かといって苦手かと言えばそうでもなく、根本的な敵でなければ観察対象としても、友人としても楽しい相手なのだと思う。アーニャと漫才に近いつかみ所のない会話をするのは、なんやかんやいっても楽しい。ジノに必要以上に懐かれるのも、あまり人と必要以上に関わらない生活をしてきたルルーシュにはとても新鮮だった。
 自分が身内と認めた人間以外、それも敵であるはずの存在が自分の心と生活に食い込んでくる。強引にルルーシュの他人に対する認識を変え、それは先輩が元々持っていたもの、と笑うあの男を放置しておく訳にはいかないだろう。
 敵なのかもしれないが、見捨てたくはない。
「シャーリー、ちょっと様子を見てくる」
「……………………えぇぇぇぇぇっ!?」
「中庭で何を始めるのか知らんが、一般生徒の食事を邪魔するのはさすがにルール違反だ」
「うん、そうだけど……」
「もし時間があったら戻ってくる、ごちそうさまシャーリー」
 美味しかったと最後に付け加えると、シャーリーの顔が一気に赤く染まる。
 そんな彼女に手を振って、携帯片手に人員整理を続行しているアーニャに声をかけた。「アーニャ……何が目的だかは知らんが、ここは中庭であってお前等の遊び場じゃない」
「遊びじゃない」
「遊びじゃなくても食事中の人を移動させるのは駄目な事だ」
「……安全確保」
「どういうことだ?」
「もう……止まらないから」
 そういえばアーニャは携帯を片手に持っているが、それを撮影のために使っていない。
てきぱきと人を移動させて作られた空間の真ん中には、真剣すぎる眼差しのままアップを続けるジノ。
 そして……
「来た」
「…………なにやってるんだ、あいつは……」
 うららかな陽気の、穏やかな日常が一変する。
 ジノを遠巻きに眺めていた生徒達の口から一斉に漏れる感嘆の声、ルルーシュの口からもため息がこぼれる。が、それは見たくない物を見てしまったときの絶望から生み出されたものだった。
「止められなかったのか…………?」
「無理」
「ちなみに原因は?」
「お弁当」
 口数の乏しいアーニャから正確な事実を聞き出すのは多少どころでなく苦労したが、ようはどちらがルルーシュと弁当を食べるかでもめたのが事の始まりだったらしい。
 アーニャからは、
「よっ、いろおとこ」
 という棒読みな上に、全くこちらに対しての配慮を感じられない言葉を頂いたが、それでめげていてはこの学園で生きていけない。
「俺と弁当を食べることに何の価値がある……」
「おいしかった、昨日」
「ああ、昨日の弁当か」
 ルルーシュの服の袖を引っ張りながら、アーニャが頭を下げる。
 昨日の昼休み、ふらふらと携帯で写真を撮りながら歩いていたので、残った弁当を分けてやったのだ。普段ほとんど表情を変えないアーニャが必死にほおばっていたのが可愛らしくて、敵だとわかっているのにかなりの量を食べさせてしまったのが悪かったのか。
 どうやら自分の弁当の価値に、気がつかれてしまったらしい。
「つまりあいつらはアーニャから聞いて、俺の弁当を狙っているんだな」
「…………違う気がする……」
「弁当なんて言えばいくらでも作ってやる、材料費はあいつら負担だがな」
「ルルーシュ……ケチ?」
「お前達ほど生活費が潤沢にある訳じゃない」
 ぴしゃりとそう言い放つと、ルルーシュはアップを終えたジノが見ている方角を改めて見つめる。

 何故か額に鉢巻き。

 そして明らかに校則に違反している、ぎらりと光る剣なんて持っている幼なじみの姿にちょっと寒気を覚えながら。
 この時代錯誤な馬鹿どもをどうにかしろ。
 と内心頭を抱えながらも、何とか事態を穏便に収める方法を頭脳をフル回転させて考え始めることにする。ラウンズ二人が学園の往来でもめ始めたなんて事がしれたら、学園の自治に影響する。治安の維持という名目で出入りする軍人を増やされたり、学園内部の警備が厳しくなる可能性は十分に考えられるのだ。それはすなわち、ルルーシュが自由に動くことができる時間と場所を奪われるということ。
それだけは何とか阻止しなければならない。
 どの手が一番リスクが低く、そして確実にこの事態を収めることができるか。ジノの方は一応周囲を気遣っているのか、入れ物に収めて持ち込んだ剣をようやく取り出した。互いに顔はにこやかだが、目は全く笑っていない上に、もちろんどちらも剣の刃は潰していない。
 これは手間がかかる、そう判断したルルーシュはとりあえず二人の動向を見守ってから結論を出すことにした。










 皇帝直属であるラウンズの戦いぶりは、KMFに乗っても、地上での戦いでも苛烈かつ華麗であった。切っ先が空を、そして地を走り、それを操る体はダンスを踊っているかの如く優雅に動く。
 始まった理由も原因もわからぬままギャラリーとなった一般生徒達からは、口々に感嘆の言葉が漏れてくるが。ルルーシュにはぞっとするような見せ物としか評価できなかった。確かに一見するだけなら美しい演武だが、互いを気遣う言葉もなく殺気のこもった息継ぎだけで行われる演武がどこにあるというのか。
 自分の弁当に何でここまで真剣になれるのだろうか、そんな疑問しか湧いてこない。
「…………あれでは殺し合いだ」
「あ、目潰し」
「スザク……あいつどこまで小器用なんだ……」
 剣をフェイントに使い、体をジノの懐に滑らせ裏拳で顔面を殴ろうとしたスザクの腕を力任せに折り砕こうとしたジノに、スザクは指を立て目潰しで反撃しようとする。それすら読み切っていたのか、肘をスザクの胸元に入れ距離を取ったジノの口には、隠しようのない歓喜の笑みが浮かんでいた。
 だが凶器と化したスザクの指は、ジノの頬の肉をわずかにえぐっている。
 血の涙のように頬を流れ落ちる赤い筋に、背筋にわずかに震えが走った。
「ルルーシュ……どっちが勝つ?」
「スザク」
 未だに自分の服を掴んだままのアーニャに、ルルーシュは簡潔にそう答える。
 騎士として完璧な教育を受けてきたジノの方が経験は上だろうし、身長の差を考えると間合いもジノが有利だろう。ほぼ同サイズのKMF戦ならスザクの方が上だろうが、自らの肉体のみを使う戦いなら、ジノの勝ちだろう。
 相手がスザクでなければ。
 あの戦闘馬鹿はルルーシュが与えたギアスすら利用して、あらゆる戦闘で勝利を収める。普通の演武や練習ならそれも発動できないが、これだけ殺気に満ちた状況なら、いくらでも状況をひっくり返すことができるだろう。
「………………そっか」
 意味ありげな顔でルルーシュをじっと見ているアーニャだったが、それ以上突っ込む気はないらしい。彼女もラウンズである、携帯で時折写真を撮ってはいるが、その目はあくまでも冷静に戦況を見続けていた。
 今のところはジノが優勢だがほぼ互角。
 眦のすぐ下から血を流すジノと、外傷は目立っていないがかなりダメージが蓄積しているスザク。これ以上ジノがスザクを追い詰めれば、一発逆転でジノ殺害……という状況になる可能性が高い。ラウンズを一人でも減らしておけば今後の展開が楽になる、それにスザクも多少は疲弊するだろう。
 ゼロとして、目的を果たすにはこのまま見ているのが一番いいのはわかっている。それなのに、ルルーシュの体は勝手に動き始めていた。
「アーニャ、会長に報告してきてくれ」
「ルルーシュ……」
 アーニャの手を振り払い、争いの最中に向かって歩む。
 目の前で自分に都合のいい展開が生み出されるのは喜ばしいことだ。だがその状況を生み出したのが自分ではなく、自分の弁当と言うことが気にくわない。自分の生産物が自分の知略よりも勝るということが、ルルーシュにはどうにも我慢できなかった。
 それと、ジノの流血を見た瞬間に感じた恐怖に近い震え。
 押さえ込んでしまうこともできるが、それをなかったことにしてしまうのは、自分の意思に蓋をしてしまうことになるのだろう。世界を変えると誓った自分が、己が意思を留めるような卑小な存在になっていいのだろうか。
 否、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは世界すら己の意思に迎合させるために存在しているのだ。
 二人の騎士が作る刃の嵐、その中にルルーシュは全く躊躇することなく入っていった。
「ルルーシュ!」
「先輩」
 手を広げ、向かってくる切っ先をきっと睨みつけ。
 瞬き一つせず刃の行方を追うが、ルルーシュの運動神経でこの刃を避けられるはずがない。傷ができれば、スザクに対するいいアリバイ工作を逆に考えることもできるだろう。
 明らかに驚いている騎士二人の声を聞きながら、のんびりとそんなことを考えていたルルーシュだったが。
「…………ルルーシュ…………こういうことはもうやめてくれ……」
「同じくですよ、先輩…………」
 首筋にジノの刃、頬にスザクの刃の先。
 一歩でも動けば血が噴き出すんだろうなと考えながら、ひやりとする刃の感触を体で受け止める。ジノはこういう状況になれているのか刃を寝かせて首筋に押し当ててくれているが、スザクの剣はしっかりルルーシュの頬に食い込んでいた。
 周囲の生徒から悲鳴が聞こえるが、ジノの傷の方がよっぽどひどいだろうに。
「スザク」
「……な、何?」
「ここは学園だ、普通の生徒の学舎だぞ! そんなところで本気で死闘をするな! この件は会長の報告させて貰う、トイレ掃除2ヶ月でも何でもしてこい!」
「でもっ! 最初にジノが…………」
「仮にもこの学園では先輩という身分なら、後輩を止めるのがお前の仕事だろう」
 ごく当たり前の理論に、スザクががっくりと膝をついた。
 論破されたショックというよりは、単に短時間で急激に体を動かした上に、ジノにちくちくとダメージを与えられていた体が一気に疲弊したのだろう。後はミレイにでも今回の件の裁きは下してもらうとして、自分はジノの手当をするべきか。
 ジノにそれを伝えるために向き直ろうとする、がジノの手が伸びてきたのが先だった。
「先輩、顔……」
 触って確認すると、赤いものがぬるりと指に絡みつく。
 風がやけに顔を冷やしていくなと思っていたが、なんのことはないルルーシュも出血していたというわけだ。後ろからルルーシュを抱きしめるかのように顔の傷を確認しているジノは、体の奥底から絞り出すような声でルルーシュの耳元に囁いてきた。
「もう勘弁してください、正直ぞっとしました」
「学園の往来で殺し合いを始めるお前達が悪い」
「…………わかりました?」
「あれだけ血走った目を見たら、誰でも気がつく」
 背中をくるむように抱き込んでくるジノの体がやけに暖かい。
 会長を呼んでこいと言ったのに携帯で写真を撮りまくっているアーニャ。そしてもう戦いは終わったというのにまだ見学を続けている生徒達は、何が面白くて見学を続けているのやら。
「先輩、傷の手当てを」
「そうだな、お前の傷もちゃんと消毒しておいた方がいい」
「そうじゃなくて……まあいいです、とにかく行きましょう」
「あ………ああ」
 背中が涼しくなったと思ったら、今度は大きな腕がルルーシュを抱き寄せる。
 まだがっくりと膝をついているスザクが多少気になったが、ジノの「負けたのがわかったんでしょう、完全に」という言葉でなんとなく納得させられ、そのままジノと共に医務室に向かうことにした。












 幸い、互いの傷はそこまで深くはなかった。
 スザクの剣の刃先が食い込んでいたルルーシュの方が若干傷が深いが、きちんと消毒をして処置をしたので傷跡が残ることはないだろう。ジノの方がこういう状況になれているのか、さっさとルルーシュの傷の処置をすませ、今度は自分の傷を消毒し、傷薬を塗り込んでいる。手当をしてもらった手前ルルーシュがやると言ったのだが、自分でやった方が確実だと言われてしまい、見守っているだけの状況となってしまっていた。
「器用なものだな」
「まあこれくらいは。手慣れてますんで」
 医務室のベッドに並んで座り。
 ただぼーっとジノを見ているのも暇なので、何かしようとは思うのだが。あまり器用そうに見えない男の手が、こういう時だけ器用に動くのを見ているのは何となく楽しい。長くてしっかりとした指が鏡を見ながら、傷の状況を確認している。時折顔が歪むのは痛みのためではないのだろう、その証拠に。
 傷を撫でながら一人呟く言葉は、一人反省会の様相を呈してきている。
「思ったより踏み込みが早かったな……次はもう少し引かなければ駄目か……」
「俺からしてみればどっちも早すぎて、何をやっているのか全くわからなかった」
「先輩、見えていたから入ってきたんじゃないんですか!?」
「そんなわけないだろう。まあお前達なら俺を避けてくれるとは考えていたが」
「無謀にも程がありますよ、次からはもうしないでくださいね」
「次があるのか?」
 まさか学園のど真ん中でまたあんなことを、するつもりなのか。さすがに不安に思いそう尋ねたルルーシュに、ジノはきっぱりと、
「向こうが望めば」
 と言い切った。
 その目がどんよりと暗く濁っていたり、逆にきらきらしていたのならルルーシュもどんなことをしても止める気になるが、ジノの目は冷ややかとも摂れる冷静さを失ってはいなかった。騎士としての誇りと、貴族として育てられた人間だけが持つ鷹揚さ。
 戦いを、身を立てるための手段にしかできなかったスザクには、決して持てないもの。
 命の危険すら自らを鍛え上げる手段にすることができる異常ともいえる向上心、そして騎士としての誠実さ。もし皇族のままブリタニアに残っていれば、彼がルルーシュを守る楯になっていたのかもしれない。
 あったかもしれないというだけで、彼に親しみを感じるのは危険。それはわかっているが、人懐っこく自分に近づいてくる彼に、ありえたはずの未来を投影してしまうのは、しかたがないことだと判断している。
「学園ではやめてくれ、俺が会長に怒られる」
「まあ原因がここにありますからね、できるだけ善処しますが」
「弁当くらいなら、いくらでも作ってやる。大体、弁当一つでころ試合をするお前達がおかしいんだ」
「弁当よりも、作ってくれる人が重要だったんですけどね……まあ作ってもらえるのなら明日からお願いします」
 図々しい奴だ、とルルーシュが大仰にため息をついてみせると、ジノが声を上げて笑い出した。その頃にはもう彼の傷の手当てもすんでいて、後は午後の授業に参加するだけ。なのに、どうも二人とも動く気にならなかった。
 ベッドの上に並んで座り、たわいのない話をして笑い転げる。
それだけで胸の奥がじわりと暖かくなるのが、嬉しいような切ないような。誰かと普通の時間を共有する幸せと、この相手すら騙していることへの罪悪感。その二つの狭間でじりじりと焦がされているような思いを味わっていたルルーシュに、ジノはふとこんな事を聞いてきた。
「そういえば先輩、さっきどうして私を庇ってくれたんですか?」
「庇った?」
「私に背を向けて、スザクから守ってくれたでしょう?」
 確かに今思い起こせば、スザクを睨みつけ、ジノを自分の背の後ろに庇った、ような気がする。
「偶然だろう……多分」
「自分の傷より私のことを心配してくれて」
「あれだけ出血していたら心配するだろう、普通は」
「じゃあ何故、私を責めなかったんですか? ここでは喧嘩両成敗というのでしょう、こういうときは」
 スザクがお前を殺しそうだったから、と言うべきではない。
 互いに互いを殺しかねないほどの殺気を放っていたのは事実だが、殺意を数量化することなどできないのだから、それを説明することは難しく。スザクにギアスをかけているからと言ってしまえば、すさまじくまずいことになる。
 結局ルルーシュが選択した答えは、笑ってごまかすことだった。
「ま、まあその時の気分だな」
「気分でも、嬉しかったですよ。先輩が私のことを優先して考えてくれた」
「そう……なのか」
「はい、それはもう。できればこれからも私を特別扱いして欲しいところですけど」
 目の前にジノの笑顔。
 本当に嬉しいのだろう、わずかの曇りもない喜びの顔に、思わず頷いてしまうそうになる。
 これ以上誰かを大切に思ってしまえば、破滅するのは自分なのに。
 大切な人が増えるほど、自分の体を縛る愛情という名の鎖は増えていく。自らそうなる事を選び、情愛の海で溺れ滅びていく人間のなんと多いことか。自分はそうならない、守るのは妹ただ一人。
 決めたはずなのに、向けられる無償の好意はルルーシュの覚悟を鈍らせていく。
「先輩は、優柔不断ですよね」
 どう答えていいかわからず表情を曇らせたルルーシュを、ジノはそう評した。
「綺麗で優しくて、みんなに好かれているのに誰も信じていない。そのくせ寂しがり屋で、我が侭で……秘密だらけで」
 ため息と共に、頭に優しい感触。
 ぐしゃぐしゃにかき回される頭は、ジノの手の重みで自然と下を向くことになる。これならどんな顔をしてもジノには気がつかれない、たとえ彼がそうし向けたとしても。
「選べないからですか? それとも選びたくないからですか?」
「……嫌なことを言う」
「嫌がられても言いますよ。私は先輩が、私を特別だと思っていると信じていますから」
「俺は」
 それ以上声が出ない。伝えたい言葉も、言わなければいけない言葉もあるはずなのに、それをどう伝えていいのかわからないのだ。
「普通あんな状況を止めるとき、中に入ったりはしないんですよ」
「…………?」
 強く唇を噛み、何か言わねばと必死に頭脳を回転させていると、優しい声が頭を撫でていった。ジノの胸の中に抱き込まれ、耳朶に直接暖かい吐息と声が運ばれてくる。
「それでも先輩は私に背中を向けて、止めようとしてくれた」
「後輩だ、当たり前だろう」
「信用していない人間に背中を向けるような真似はしないでしょう、先輩くらい頭の回る人なら。だから私の勝ちなんですよ、私は先輩に守られて、彼は先輩に逆に注意された……ショックだったでしょうね……」
「そういう、ものなのか?」
 そうですよ、と答えるジノの声は優しかった。
 言いくるめられている気もするが、これだけ誠意に満ちあふれた声で騙してくれるのなら、騙されてもいい気がしてきてしまう。
 自分はジノを守りたくて、スザクの切っ先を受けたのだと。
「先輩……私はもう皇帝に剣を捧げています」
「ラウンズだろう、当たり前だ」
「騎士は二君に仕えず……まあ手当たり次第利用するために仕えているようなのもいますが、基本的には主君は一人です。だから先輩に私の全てをあげるというわけにはいかないんですが」

 剣は皇帝に、心は貴方に捧げましょう。

 騎士の制約は絶対。
 たとえ場所が学園の医務室だろうが、聞いているのがルルーシュ一人だろうが。そのルルーシュがジノに抱きしめられ、身動きが取れない状況だったとしても。
 彼の言ったことは、決して覆らない絶対の真実。
「ジノ?」
 そんな一生に一度の言葉を言ったくせに、ジノはぎゅっとルルーシュの頭を抱きかかえるというかホールドしたまま、それから何も言葉を発しようとしなかった。
「……………………」
「ジノ、苦しい」
「すいません、でも、もうちょっとこのままで」
「俺の頭の形が変わってもいいのか」
「……恥ずかしいんですよ、私だって」
 ゆっくりと拘束に近かった腕の囲いがほどかれていく。
 最初に見たのは、顔を赤らめ、明らかに恥ずかしがっているジノの顔。こういうところはまだ子供だと思うが、子供は先輩を口説いたりはしないわけで。
 妙なところはまだ子供で、でも大人であることを義務づけられていて。
「俺たちは互いにまだまだということだな」
「先輩、それは俺に対するどういう意味の返事だと受け取ればいいんですか?」
 う〜んと悩むふりをしながら、ルルーシュはジノの腕から抜け出した。
 まだ子供として扱われてもおかしくない年頃、なのに大人としての判断と対応を求められ評価される。ジノと自分はとてもよく似ているのだろう、境遇も、立場も。
 だからこそ、分け合える思いがあるはず。
 我が侭で秘密だらけ、それで結構。その自分を変える気はないし、自分のような存在とこれから親しくなれば、ジノは相当苦労するだろう。
「お前はどう取る?」
「肯定ですよ、当然」
「ならそれでいいだろう」
 だが彼がそんな自分でもいいというのなら、少しだけ。
 争いと謀略に満ちた世界を忘れる努力をしよう、彼といるときだけは。
「とりあえず……よろしく、でいいんだな?」
 はい、と素直に微笑んだジノから差し出された手は、抱きしめられたときと同じくらい暖かく、そしてルルーシュを心の底からほっとさせた。




















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 アーニャがアーニャなりに、ルルーシュの人柄を知ろうとしたり、守ろうとしている感じをわかんないように書くのがとても楽しかったのです。ルルーシュの服をぎゅっと掴んでいたりしたのは、二人の間に入らせないためで、会長を予備にも行かずに写真を撮っていたのは後からこの件でもめ事にならないように状況証拠を集めていたから。

 空気を読んでいないように見えて、アーニャはスザクより確実に空気が読めると思う(苦笑)

 お歌をネタにするシリーズなのですけど、ずいぶん昔の歌を引っ張り出してきたなあ……我ながら。