魔女と会ったのは、6歳の誕生日の夜だった。
 緑の長い髪と鮮やかな黄金の瞳、それに似合わぬ愛らしい民族衣装を纏った魔女。夜中唐突に部屋に現れたかと思えば、背が小さいだの、ろくでもない家に生まれただの文句の言い放題。日本国大統領の家がろくでもないのかと言い返すと、魔女は心底嬉しそうに笑いながら、

 どうしてお前は幸せになろうとしないのだ?

 そう聞いてきた。





 それから魔女は、時折自分を訪ねてくるようになった。








『もう一度、の物語』











 昨日は深夜まで本を読んでいて眠かったのだが、住まわせてもらっている家の手伝いをしないわけにはいかなかった。仕事で忙しくめったに家に帰ってこられない父、まだ甘えたい盛りの弟を育てながら、もうすぐ生まれる妹のための準備で大わらわの母。母の出産が終わるまでという名目でここに預けられているが、果たして自分は妹の姿を見ることができるのだろうか?
 絶え間なくTVから流れてくる不穏なニュース、日に日に青ざめた顔になっていくブラウン管に映る父の顔。
「父さん……またEUに行くんだ……」
「ルル」
 TVを見ながらオムレツを口に運んでいると、自分の顔よりも大きなパンケーキが皿の上に追加される。ほかほかと湯気をあげ、バターと蜂蜜の匂いを振りまいているそれは、空腹時なら食欲を誘ってくれるのだろうが。
「アーニャ、もう食べられないよ」
「さっさと食べる」
 おいしそうな湯気の向こう、この家の長女がデジタルカメラを間近で構えていた。
 カメラが趣味のピンク色の髪の女性は、ことある事に写真を撮りたがる。最初のうちは趣味だからしょうがないと思っていたが、入浴の最中まで写真を撮りたがるのは、さすがにマナー違反としか思えなかった。
 とはいえ、自分より遙かに長身な上に、喧嘩をさせればそこら辺の男でも叶わない彼女にまだ10歳の自分が逆らうのは不可能に近い。口喧嘩なら確実に勝てるのだが、それをすると肉体制裁が待っているのだからたちが悪い。
 だが、彼女が自分の写真のコレクションにしたいと思うほど自分を溺愛してくれているのは事実である。撮らせてあげたいが、どこまで撮らせてあげれば満足するのか。近頃、悩みの一つになっていた。
「やめなさいアーニャ、ルルーシュ様が困っているだろう」
「ジェレミアおじさん!」
「………………ちっ」
「舌打ちをするな。ルルーシュ様のバランスの良い成長のために私が誠心誠意考えたメニューを出しているというのに、これ以上ルルーシュ様の胃に負担をかけてどうする」
 台所からエプロンで手を拭きながら、この家の当主が顔を出す。
 昔は一介の武人だったというが左目につけた変な仮面のような物がなければ、ごく普通の農場の経営者にしか見えないだろう。父と母と彼がどういう経緯で知り合いになったかはわからないが、父や母だけでなく、自分の名付け親までもが彼を信頼している。
 すなわち、自分にとっても信じていい存在。
 父や母に対してはぞんざいな口調で接するというのに、自分に対してだけは『ルルーシュ様』と呼ぶことには未だに疑問を感じるが、彼にとってぞれは譲れないところらしい。まだ子供の時分が一致をさしおいて様付けされることに違和感は感じるが、さすがにここで数ヶ月暮らしていると慣れてしまう。
「ジェレミアおじさん、今日は東の収穫を?」
「いえ、今日は客人がいらっしゃるのでそれは明日に回します。ああそうだルルーシュ様、弟君より手紙が来ていましたよ」
 エプロンのポケットから取り出した手紙が、ルルーシュに恭しく差し出される。
 『扇・R・日向様』と母の字で書かれた宛名、幼い弟が賢明に書いた字が封筒の中で踊っていた。
「ロロ……」
 一通り目を通してから、胸元でぎゅっと手紙を抱きしめる。
 裏に母の字で、数週間後が予定日であること、妹は順調に母の中で育っていること、そして妹が生まれて落ち着いたら迎えに行くので待っていてと言うことが書かれている。
 どこまでが本当なのやら。
自分が生まれる前に起こったブリタニア帝国皇帝の暗殺、そこから新たに生まれた様々な問題。大きな一つの国が滅ぶことによって、小さく分かたれた世界は互いの利益を求めて争いあうようになっていた。必要以上に聡明なルルーシュには、この小さな世界同士がぶつかり合う戦いの行く末が、最悪の形で見えていた。
 どれだけ父が自分の全てを国に捧げようと、他の国家の元首が同じ考えだとしても。己の利を求める国民は、他の国家から奪い取るために軍に力を与えようとする。それが自分たちの将来的な益を潰してしまうこともわからずに。
 どうすればこの世界は優しくなれるのか。
 人が人を思い合うことができるようになるのか。
 弟からの手紙という喜びの元は、ルルーシュに新たな悩みを運んでくる。唇をぎゅっと噛みしめ、フォークを握りしめたルルーシュの頭に載せられたのは、ジェレミアの温かな手だった。
「ルルーシュ様、こう言うときに大人が必ず言う言葉を教えて差し上げましょうか?」
「何?」
「子供は余計なことを考えなくていいから、さっさと外に行って遊んでこい、と」
「ルルは外で遊ぶと転ぶ」
「余計なことを言わないように……ルルーシュ様、大人の問題は大人が解決します。どうかルルーシュ様は……」

 まだ子供のままでいてください。

 見ればアーニャも無言のまま頷いていて。
 確かに自分はまだ子供で、なにもできないかもしれないけど。自分をあらゆる苦しみから遠ざけようとする自分の周囲の大人達は、ルルーシュにとって異常なほど過保護な人たちにしか見えなかった。










「そんなことで、ふくれていたのか坊やは」
「そんなこと、じゃない」
 客人を迎え入れる準備をし始めたアーニャとジェレミアを手伝わず、ルルーシュは農場の端にある小さな池の側に来ていた。農場の水源ともなるそこにいけば、かなりの確立で魔女に会うことができる。
 魔女は魔女なりにルルーシュを心配してくれているのか、母や弟と島に住んでいたときよりも頻繁にルルーシュに顔を見せてくれるようになった。まるで家族と離れたルルーシュの寂しさをわかっているかのように。
 池の縁に腰掛け、ルルーシュと共に素足を水に浸しながら、魔女はルルーシュを優しい眼差しで見つめてくる。魔女の黄金の瞳とルルーシュの紫水晶の瞳。鉱石のような二つの瞳は、互いを見るときだけは生まれ持った強い光を減じさせる。己の瞳の力で互いを傷つけないように、と。
「お前を愛しているから、危険から遠ざけようとする。それがわからんわけでもあるまい」
「わかるから困るんだ」
「自分だけ守られて役に立たないからか? 何の力もない子供だからか?」
「…………うん」
 まばゆい夏の光の中だろうと、初めて出会った月と闇の下でも、魔女の言葉は変わらない。時に厳しく、時に優しく、ルルーシュを言葉で守り、導こうとしてくれる。あらゆる危険からルルーシュを遠ざけ、不快な物を見せないようにする他の大人達とは正反対のあり方は、ルルーシュにとって本当に有り難かった。
 年頃の少女の姿をずっと保っていることの不思議も、彼女と話すことで自分が満たされることに比べたら、どうでもいい些末事でしかない。
「なあルルーシュ、お前力が欲しいのか? 大人達と並ぶことのできる力が」
「安易な力は自分を追い込むだけ、手に余る力なら欲しくないよ」
「本当に可愛くない坊やだな」
「悪かったな」
「だが少し安心した。お前はそのままであればいい、大人達に守られ、今のお前のまま大きく、そして幸せになればいいんだ」
「魔女のくせに幸せになれなんて言っていいのか?」
「いいんだよ、お前はそういわれるべき価値がある。上を見てみろ、お前を守ろうとする力がまた一つ集まってきた」
 魔女に言われるままに上を見ると、澄んだ空を横切る漆黒の巨大な影。それはルルーシュにとって見慣れた、何度かねだって乗せてもらったこともあるKMFである。
 そしてそれに随伴するように天を駆ける、これまた漆黒と黄金の見たこともない優美な鋼の姿は、どこの国のKMFだろうか。
「残月改……藤堂のおじさん!?」
「年を食っても変わらんな、あの男は……」
「あのKMFはどこのだろう?」
「あれは蜃気楼……まさかな…………」
 何処か呆然と呟く魔女は、しばらく何かを考え込んだ後、口を尖らせながら大きく息を吐いた。
 満足そうな息を吐いた後、足で水をかき回しながら隣に腰掛けているルルーシュの額を思いっきり指で小突いた。
「なっ、なにを!」
「お前は本当に幸せ者だよ、坊や。中途半端にコードを受け継いだと知ったときはどうなるかと思ったが、お前の望む形に世界は動くだろうさ」
「相変わらず訳がわからないことを」
「神なんてばかげた存在はありえないが、この世界はお前にやり直すチャンスをくれたということだ」
 ルルーシュの頬を魔女の両手が包む込む。
 子供の故の無力さに打ちのめされたとき、始めて死というものを知って眠れなかった夜、弟が始めて喋って嬉しかった日。自分の心が大きく揺れた日に、魔女は必ず現れてくれた。決して慰めたり励ましてくれるわけではないけれど、側にいて話を聞いて、共に時間を過ごしてくれるだけでルルーシュは嬉しかった。
「魔女はすごいな……」
「何がだ?」
「口から出てくる言葉が全部魔法だ」
 ルルーシュを守り、慰め、そして受け入れてくれる。

 ぶっきらぼうな口調に秘められているのは、限りない愛。

口を開くだけで、人の心を癒すことができる。
 それ以上の魔法がどこにあるのだろう?
「お前くらいだ、私をそうやって誉めるのは。だから、一つだけいいことを教えてやろう」
「いいこと?」
「今は愛されていろ、守られていろ。いつかお前が心の底から何かを変えたいと望む時、あらゆる存在がお前に膝を折る」

 それまでは、子供の時をまどろみながら楽しむがいい。

 お前がお前の意思で動くことを選ぶまでの、わずかな間のまどろみを。

 こつりと、額と額がぶつかり、ルルーシュが抗議の声を上げるが魔女はそれを気にする様子もなく間近でルルーシュの顔をじっと観察している。
「それにしても……あの父親に似ないで本当に良かった……コード様々だな。あいつが見たら喜びすぎて気が狂うかもしれんな」
「…………?」
「少々どころじゃなくブラコン気味だが、世界もねじ曲げるシスコンよりはまだ扱いやすいだろう」
 何を言われているのかわからないが、あまりいいことを言われていないのはわかるので抗議しようとすると。
 魔女は唐突に立ち上がった。
「さて、話の時間は終わりだ」
「いつもながら唐突すぎる」
「唐突で結構。だが、もう私がお前を守る必要はなくなったのでな」
「もう……会えないの?」
 必要がない、つまりもう会えなくなるのか。
 おそるおそるそう聞くと、魔女はいつも通りの傲岸不遜な笑顔で、きっぱりと言い切った。
「今日は退くというだけだ、今度は二人の時に邪魔しに来てやる」
「二人?」
 首をかしげるルルーシュの頬に、魔女は優しく唇を落とし、そのまま何処かへ歩み去っていった。







 さあ、やり直しの始まりだ。


 いっておいで、私のただ一人の王。


 そして今度こそ、誰よりも幸せに……









 蜃気楼、という名のKMFは輝くような漆黒と黄金のボディーを持っていた。
 藤堂の残月改の光を吸い込むような黒とは違う、光を強調するための輝く漆黒。オレンジ農場のど真ん中に最新鋭のKMFが2機というのもおかしな光景だが、それ以上に奇妙なのは客人の姿だった。
「藤堂のおじさん!」
 黒い髪を風に任せながら走り寄ってきたルルーシュを、巌のような大柄な男は難なく受け止めた。ルルーシュの名付け親であり、後見人でもある藤堂は、妻との間に子がいないこともありルルーシュを実の子のように愛してくれている。
 一通り再会の挨拶として散々抱きしめられたり抱き上げられたりした後、藤堂はようやく同行してきた人間をルルーシュに紹介してくれた。
 漆黒の仮面をつけた、性別すらわからぬ存在。
 藤堂よりは背が低いが、マントに包まれていてもわかるしっかりとした体。自分と同じ名を持つ悪逆の限りを尽くした皇帝を倒したという、世界の英雄が目の前にいた。
「ゼロ……?」
「ああ、君には始めて会うね」
 大勢の民衆の前でKMFの護衛すらくぐり抜けた勇者とは思えぬ優しい口調、マスクが音声加工の役割を担っているのか、本来の声は全くわからなかった。
 だが、本当の声は誰よりも優しく、そして甘いのだろう。
 何の根拠もないが、そう思える。いや、ゼロの持っている雰囲気全てがルルーシュの想像を確信に変えてくれる。優しくて強くて、そして誰よりも悲しい存在。
 世界のために、本当の名前も顔も捨ててしまった、ルルーシュのように愛して受け入れてくれる人がいない、悲しい人。
「ジェレミア卿、ナナリー様の前触れとして参りました」
「久しぶりだ、ゼロ。明日のナナリー様の到着まで、ゆっくり体を休めるといい」
「いえ、これから周辺の確認に」
「仕事熱心なのはいいが、我が農場に不逞の輩を私が入れると思われているのは気に入らないな」
「……同じく」
「ではこれほど素晴らしい農場を見学させていただく、ということならよろしいでしょうか?」
 アーニャとジェレミアの顔が一瞬不機嫌になるが、そこまで言われて否というわけにはいかない。二人としては客に休んで欲しいようだが、どうやら世界の英雄はとことん頑固らしい。
 結局二人が折れることになったが、ジェレミアは最後に一つだけ条件を付け加えた。
「ルルーシュ様に案内していただきましょう、それならば。お願いできますでしょうか、ルルーシュ様」
「うんわかった」
 自分と同じ名前の人物を殺した世界の英雄というだけでも興味があるのに、実際目にしてみればなんというか、気になって仕方がない。ジェレミアと会話をしていてもこっちに向いていると思われる目線や、ことあるごとに自分を気にする仕草。
 そして彼に反応する、自分の心臓。
 ゼロの、わずかな動きで心臓が跳ね上がるかのように揺れる、呼吸が乱れる。心の憶測で何かが叫んでいる気がするのだが、それがなんなのか、日頃子供らしくないほど聡明だといわれる頭脳は何の答えもはじき出すことはなかった。
 ジェレミアに背中を押されるまま、ゼロの前に立つことになり。
「ではジェレミア卿のお気遣い、受けさせていただきましょう。よろしく、ルルーシュ……君」
 自分に目の高さを合わせるために腰をかがめ、黒い手袋に包まれた手を差しだしてくるゼロに。

 そのゼロの手に。

「ルルーシュ様!?」
「…………ルル」

 ぱたりと、涙が一粒こぼれおちた。

 自分でも何が何だかわからない、涙の理由もそれに付随する感情も。
 ただ一つわかることがあるとすれば、自分がこの初体面の仮面の男に、特別な感情を抱いているということだけで。心の奥底にある原初の海にずっとあったはずの、失っていないが眠っていた思いが一度に堰を切ってあふれ出したかのように、涙と感情が一気に吹き上げ始める。
「……ぁ…………え……っと…………」
 ぐすぐすと鼻をすすりながら、自分を心配げに見ている大人達に心配ないと笑いかけようとするが、それがどうもうまくいかない。心配かけないように、上手に周囲と付き合っていけるのが自分の取り柄ではなかったのか。
 それがこんな状態では、ちゃんと笑えなくては。
 自分に更に言い聞かせようとしたとき、黒い風が自分のまわりを包み込んだ。
「…………大丈夫だよ、ルルーシュ」
「……………………え」
「泣いていいから、いいんだよ。君が泣くことを我慢する必要はもう無いんだ、好きなだけ泣いて、甘えて」
 涙でぼやけた眼前に、黒い仮面。
 機械に無理に飾られた声、偽りの音。だがそこから伝わってくるのは、自分に対する限りない愛情だった。あの魔女が自分に向けてくるものに近いが、感情の持ち主すら焦がしてしまいそうな程熱く激しい。
 まるで太陽のようだと思った、熱く激しく燃えているけど側にいる人を優しく温めてくれる。
「…………」
 頭を抱きしめて、優しく腕の中に引き寄せてくれて。
 ゼロはただ優しくルルーシュを包んでくれた。
「ルルーシュ……また会えたね…………」
 恋しい人に囁くような甘さとに、憎い相手にかける呪いの言葉のような激しさと。
 涙の滝で鈍ってしまった思考では、彼の真意はわからないけど。あの魔女が言うにはまだ自分は子供でいたほうがよく、子供の時間を楽しむべきというなら。

 今はこの腕に甘えてしまいたい。

 優しく引き寄せてくる腕に身を任せて、こぼれる涙もそのままに首に腕を絡めしがみつく。父や母の側にいるときのような安堵は感じない、弟と過ごす時間のようにしっかりしなくてはと思うわけでもない。
 ただ側にいなくてはいけないと、義務という名の鎖に縛り付けられたかのように。
 己の腕で相手を縛り付け、相手の腕が自分を縛ることを許す。
 子供である自分への焦燥感、世界と隔絶されたかのような孤独感、全てに光が当たらず欠けて見える月のようだった自分の心が、縛られることで満たされている。



 ようやく、帰ってくることができた。



 あまりの泣きっぷりにジェレミアに引きはがされ、藤堂に男は身持ちが堅くてはならんと説教を受け、アーニャには記念写真という名目でそれをつぶさに記録されて。ゼロが自分とルルーシュを引きはがしたジェレミアを蜃気楼で潰そうとしたりと、嫌になるほど色々あったのだが。
 繋いでくれる手は温かくて、生きていることを伝えてくれる。
 自分も彼も生きている、だから。



 一緒に、幸せになろう。








 ぎらぎらと輝く太陽よりも鮮やかなオレンジを皮ごと囓りながら、CCはぶつくさ文句を言い続ける。
「坊やの体を本気でまさぐる馬鹿がどこにいる……っ! 坊やはまだ10歳だぞ、先につばをつけとくのはいいが、それでは貴様は単なる小児性愛趣味の変態…………言わんこっちゃない…………」
 ジェレミアに引きはがされたゼロ……いやスザクを樹の上で眺めながら、CCは素直に再会できた二人を祝福する。
 コードの影響で、彼が死んだとき一番近くにいた胎児が彼の情報をそのまま受け継いだ。そして生まれた新しいルルーシュは、以前の記憶は持っていないが。
 両親に望まれて生まれ愛され、
 兄弟を愛し、
 周囲の人たちに守られ、
 健やかに生きている。
 それだけでいい、十分だ。
「だがな…………あれはやり過ぎだろう…………」
 きっとゼロの仮面の下は涙に濡れていて。抱きしめた腕が振るえていたのも、もし仮面という遮蔽物がなければ頬ずりする勢いだったのも、心情を考えれば理解できるのだが。下手したら蜃気楼に乗せてそのままさらって行ってのだろうなあと思うと、ジェレミアの行動に拍手を送りたい。
 さて、これからどうなることやら。
「長生きはするものだな」
 甘いオレンジに皮の上からかぶりつきながら、CCは下の騒動を見続ける。
 見続けるだけの自分の人生、だがこの一時だけはそういう存在である自分を愛おしく思えた。







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 最終回を見てすぐに「勇敢な物語には幸せなラストがなきゃダメなの〜!」と一人で盛り上がって、最短時間で書き上げたものだったり。あんなおかしな格好の納付でも受け入れる近辺の人はすごいと思った……というかジェレミアさん大好きです、ええ。