追いつかない。
追いつかなければいけないのに。
守らなければいけないのに。
何度試しても、何度やり直しても。
貴方の笑顔は心の中にしか残らない。
『ON/OFF』
戦は音によって成り立っている。
機械仕掛けの鋼が空を駆け、鳴りやまぬ爆音や武器を打ち合う音が上空の戦場を飾り立てる。人々を焼き尽くす残虐の炎、フレイヤを巡る戦いは最終局面を迎え、地上へ煙を噴き上げながら落下していくKMFの数もすさまじい勢いで増え始めていた。
残虐の炎を消そうとする悪逆皇帝ルルーシュ、彼がダモレスクへ足を踏み入れたところから、最後の、そして何度目になるかわからない物語が始まった。
外は破滅の音が重なり響いているというのに、ここは恐ろしいほど静かだった。
一時的にフレイヤを停止させることができたが、始動キーを奪わぬ事には、また同じ事が繰り返される。悪逆皇帝と呼ばれ、人々の憎悪を受けて死ぬことを決めていたとしても、無差別に消す様な兵器をこの世界に残して逝くわけにはいかない。
中央へと向かう回廊からは、外の光景がよく見える。
様々な色の炎と光、そして少しずつ数を減らしていくブリタニアの軍勢。スザクは自分をここへ届けるために命を落とした。雑音混じりでようやく耳に届いた彼からの最後の言葉、それは『ごめん』という一言だけ。
今更何を謝るというのか、後は死ぬだけの人間に。
せめて彼だけはどんな形でもいいから生き延びて、未来を繋ぐ役割を果たして欲しかったが。同じ目的を達成するために仮初めに友情を取り戻した彼と、そういえばまともな会話を一切しなかった気がする。スザクは色々話したいことがあるようだったが、ルルーシュはもう余計なことは何も聞きたくなかった。
シャーリーを失い、そしてユーフェミアの血で汚れた己の手。
これ以上生きていて何になる、自分の命が新たな世界の礎となるのなら、いくらでもすり潰して切り刻んで、そして無惨に殺せばいい。何度か兄から和平の交渉や降伏の勧告を極秘裏に持ちかけられたが、それも全て断った。彼をよく知る誰もがルルーシュに生きてくれと望んだが、もう生きる意味など何もない。
いや。
一つだけあったが、それを望むことなど自分には許されていない。
やけに乾いて聞こえる己の足音。フレイヤの鍵を手に入れ、ナナリーを安全な場所へ逃がしたらすぐに命を絶てるよう、懐には銃を忍ばせてある。
「サザーランドが墜ちたか……すまなかったな、ジェレミア」
鮮やかな青空の中、黒煙を吐いたサザーランドが墜ちていく。
死ぬことしか考えていないルルーシュを一度も諫めず、主君の望みを叶えることに全てを費やした男は、最後に笑うことができていただろうか。良い主などではなかった、むしろ死にたがりの主人など最低だったろうに。
サザーランドを墜としたKMF、あれはアーニャのだろう。
ならば彼もこの場に来ているはず、できるだけ早く事を済ませて、死体も残らぬ方法で死んだ方がいいだろう。
死体なんて物が残るからこそ、人は親しい人の死に執着してしまうのだ。何も残さずに消える方が……
「先輩!」
眼下に広がる無限の青空、見ているだけで心を吸い込みそうな美しすぎる青。このままここから飛び降りてしまおうかと足を止めたルルーシュの目に、驚愕とそしてわずかな性の輝きが宿る。
「……………………ジノ……」
「ようやく追いついた! 私を置いていくのはもうなし!」
「…………………………………………ジノ?」
「そうです。貴方の後輩で、ついでに世界で一番貴方を心配していて、ここまで追いかけてきた後輩のジノです!」
会いたかった、でも会いたくなかった。
無理矢理ダモレスクに突っ込んできたのだろう、肘や膝の皮膚が露出しそこから血が滲んでいる。それでも根拠もなく自信に満ちているその瞳も、常にルルーシュを守ろうとしてくれていたバランスの良い長身も全く変わらぬまま。荒い息を隠さぬまま、後ろから追いついてきたジノはルルーシュに向かって手を伸ばす。
無理矢理抱き留めることも、ここから連れ出すこともできるだろうに、それをするつもりはないようだ。
「これは破壊する、さっさと逃げることだな」
「そして先輩は残るんでしょう、妹さんを逃がしてから」
「ああ」
「私は先輩と逃げるためにここに来た……先輩と一緒じゃなければ逃げない」
「悪逆皇帝に逃げろと言うのか? お前まで逆賊にされるんだぞ?」
「シュナイゼル様から何があっても先輩を連れてくるように言われてますからね」
「悪逆皇帝を民衆の前で処断するためか……シュナイゼル兄上らしい」
わざと嫌味っぽく笑ってみせ、差し伸べた手を引っ込める気のない後輩を睨みつける。
ここでルルーシュが死んだ方が今後都合がいいというのに、あの兄上は妙なところで甘い。ルルーシュが何を目指し、何をしようとしたのかを全て読み切った上で、弟を守ろうとしているのだろう。自分を死んだことにして裏でこき使うつもりなのだろうが、それでも甘すぎる。
ふと命を賭けて自分を守った『弟』が脳裏をよぎった。
このまま生き続けていても、第二第三のロロが生まれるだけ。ギアスの力は無駄な争いや戦乱を呼ぶのだ、それを止めることができなかった、ギアスで世界を歪めた自分は死ななければ。
ジノの澄んだ優しい瞳を見るだけで、決心が鈍りそうになるが。
「ジノ……頼みがある」
「ナナリーを連れ出してくれとか、フレイヤの鍵を破壊してくれとか、ダモレスクを壊せとか、俺が死んだ後兄上とナナリーを頼むとか、そういう類の頼みは全部断りますんで」
「人の頼みを先読みするな!」
「でも先輩、私が頼みを引き受けたら満足してそのまま死ぬ気でしょう?」
「っ!」
「受けませんよ、今度こそ二人で生きて帰るんです……アーニャが待ってます」
ぐらり、と揺れたのは体なのか心なのか。
大きく傾いだ体を立て直そうとするが、立っているだけで精一杯。彼が言葉を紡ぐだけで、自分のことを呼ぶだけで、いや側にいるだけで。
気持ちが揺らぐ。
生きたいという思いが芽吹き始める。
愛しい人が自分の元に歩み寄ることを待ち続けるジノ、子供のように顔を歪ませ必死に己を追い込む言葉を口にするルルーシュ。
二人の思いが言葉を介してゆっくりと解け合っていった。
「俺は……ユフィを殺した」
「責任を取ったんですよね」
「シャーリーだって俺に会わなければ……」
「彼女が先輩を恨んでいたと思いますか?」
「スザクだって……」
「それに関しては思いっきり否定しますよ。あいつは先輩を自分の大願と復讐の道具にしただけだ」
時折わずかに揺れるダモレスク。
ルルーシュが破壊しなくても、ジノが彼の願いを叶えなくても遅かれ早かれこの移動要塞は沈むだろう。少しずつ大きくなっていく振動に、ジノの表情に焦りが浮かび始める。ルルーシュの言葉に返答しながら、口の中で何かを計算するかのようにもごもごと呟いていた。
それでもその瞳は決してルルーシュから離れず、思いを隠すこともなく。
「死んで償うことより、生きて償うことの方が大切です。私はいつでも先輩の側にいる、なにがあったって守り抜く…………だから」
「私と戻りましょう、みんなの所に」
大仰ではなく、ごく普通に発せられた言葉。
ただルルーシュだけを案じ、本来なら人が住めるわけがないこんな上空まで来てくれた。一緒に戻ろうと、守り抜くと言ってくれた。
「……ジノ…………」
「先輩」
「ありがとう、本当に」
隠し持っていた銃を無造作に取り出し、そのまま胸に押し当てる。
このまま彼と共に逃げれば幸せだとわかっている、それが一番いいことだと。だが、それをすればジノの将来はどうなる、そして自分に付き従い戦ってきた兵達は。自分だけ幸せになって、ジノに愛されて。
そんなこと、できるわけがない。
悲鳴に近い叫び声を上げて走り寄ってくるジノを見ながら、軽すぎる引き金を引いた。
もう何度目のやり直しになるの?
薄闇の中、もう何度目になるかわからない喪失感を味わいながら目を覚ます。
カレンダーと時計を確認し、今度のスタート時間はいつからかを確認する。大体同じ時間に始まるのだが、今回は少し遅い時間軸から始まっているようだ。
その証拠にアッシュフォードの寮の自分のベッドの中には、可愛らしい寝息を立てながら眠る愛しい人の姿。裸の肩と白い首筋を見せながら眠る姿は十分に扇情的で、このままもう一度襲ってしまおうかと考えたのだが。
確かこの後ルルーシュは昼過ぎまで熟睡してしまい、ロロに自分とルルーシュの関係がばれてしまうことになるはずだった。それによって自分とロロの仲が険悪になり、彼の死亡時期を早めてしまうことになったはずだ。
そしてそれがルルーシュを死に追い込むことになることを、自分は誰よりも知っている。
「先輩……そろそろ起きてください」
「…………まだ4時だろう……もう少し寝かせろ」
「弟にばれますよ、私の部屋で一番過ごしたって」
弟という単語が決め手だったらしい。
途端に跳ね起きたルルーシュの頬に触れるだけのキスを贈ると、唇を尖らせたまま彼の顔が赤らんだ。ベッドサイドのランプをつけなくてもわかるほどの照れぶりに、この人は何度抱いても変わらないなと毎回感嘆させられる。
確かこの段階ではもう何度かかれと夜を過ごして、そろそろ慣れてきてもいいはずの頃なのに。まあそこが可愛いらしくもあり、先輩としての矜持を彼がまだ捨てていない証拠でもあるのだが。
まだすねた表情をしながらも、ベッドから下りて着替えを始める大切な人。
あの細い体が血に染まり、紫の瞳から涙をこぼしながら絶命していく姿を何度見ただろう。
ルルーシュと出会ってから、彼が死にゆくまでの時間軸を何度もやり直した。
何をしても、どれだけルルーシュに愛の言葉を囁いても、彼は時には他人の手で、またあるときは己の命を自ら絶つ。間に合うこともあれば間に合わないこともあり、腕の中で死んでくれることも、別な人を見つめながら死んだこともあった。
どれだけ繰り返しても彼は必ず死ぬのだ。
ジノにこの力を与えた存在は、ジノが人生にもルルーシュを愛することにも飽きるまでやり直せと笑っていたが。最初は死に目に会うことすらできなかったというのに、何度もの繰り返しの中でようやく彼と最後に話ができるようになった。
きっと後何度か繰り返せば、彼は自分の手を掴んでくれる。
「ねえ先輩……」
「ん?」
欠伸を隠さぬまま、もそもそと着替える彼に声をかける。
声をかけると一瞬だけジノの方を向くのだが、裸のままのジノを見ると先程までの肌を触れあわせた時間を思い出すのか、ぷいと横を向いてしまう。ジノの方を見たそうなそぶりは何度もしているのだが、恥ずかしさが勝ってしまうらしい。
「俺はずっと先輩の味方です、何があっても今後どうなろうとも」
「当たり前だ、俺を傷物にしたんだ責任を取ってもらうぞ」
「それはもういくらでも」
何気ない会話、何気ない仕草に隠された自分への思い。
だからこそ、何度だって彼の死を見つめられる。いつか彼を襲う死を打ち破り、共に笑って生きられる世の中を築く事ができる日まで。
何回だって、何百回だってやり直してやる。
カーテンの隙間から漏れる朝日、その光が彼の紫の瞳に更なる輝きを与える。
子供のような無垢な笑顔、自分だけに向けてくれるそれを失いたくないからこそ、ジノは耐えることができる。
さて今度はどうすればよりよい方向へ行けるだろうか。
ルルーシュに向けて微笑みかけながら、ジノの頭脳は更なる幸せを掴むための方法を考え始めていた。
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ループ物です。
続きを書くかは不明、一応ネタとプロットはまとめてあるので続きは書けますが、フラグ破壊の手間がかかりそう……
とりあえずルルーシュ自殺(というかバッドエンド全般)を止めるフラグとして、
1 シャーリー死亡を食い止める
2 ロロ死亡を食い止める
3 スザクをどうにかする(この話での一番の癌です)
あ、あと一番大事なのがあるんですが、それはもしかしたら続き書くかもしれないので秘密と言うことで。今までのループでそれ以外のフラグは全部叩き壊してきたジノさんですが、難関なのばかり残っちゃったねえ。
あと私スザクさん大好きです、すごく好きです。
だからこそこういう役回りにしちゃったのですが、trueエンドを迎えるにはスザクさんも救わないといけないので。ちなみに今回のループでスザクを撃墜したのはジノです、頑張ったね(苦笑)