『贖罪のラプソディー』7








「馬鹿が」

 スザクの行動に対して一言でそう評価したC.Cは、スザクと一切目を合わせようとしなかった。
 こう言うところはルルーシュにそっくり、いやルルーシュが彼女に似てきているのだろう。怒っているのなら顔に出せばいいのに、逆にその愛らしいとも言える容貌は冷たく凍り付いていく。感情を凍らせながら温かい紅茶を楽しむ彼女と、冷えた風が走り抜ける中何故かクラッシュアイスがざばざばとぶち込まれたアイスティーを無理矢理飲まされている自分。
 明らかに待遇に差があるが、さすがに今日はしょうがない。
 ここでスコーンにたっぷりとクローデットクリームとマーマレードをつけているC.Cに文句など言ってしまえば。
「お代わりはいかがでしょうか?」
「……いえ、まだ飲みきっていませんので……」
「そうですか、では飲み終わったらすぐにお代わりをお持ちしますので」
 名家の執事も霞んでしまうほどの見事な所作。C.Cに紅茶のお代わりを注ぎ、メープルシロップがたっぷりかかったハニートーストを切り分ける姿は歴戦の騎士とは思えないほどの優雅さ。綺麗に撫でつけた髪は、無駄に強い今日の陽光を浴びてイヤになるほど煌めいていた。
 あのジェレミア卿がスーツでティータイムの給仕をやっているなんて知ったら、何人の人間が卒倒するだろうか。
「なにか?」
「……………………いえ」
 おまけに。
 C.Cには優しく接するくせに、気の弱い人間ならショック死しそうな殺気がスザクにだけ向けられている。
 彼がどれだけ今の現状を知っているのか、スザクには知りようがない。だがルルーシュが彼に全幅の信頼を置き、C.Cが彼の前には頻繁に姿を見せることから考えれば、ほぼ全てを知っていると考えていいのだろう。
 そう、主が死を選ぶことを決めたことも。
 だからこそ彼はスザクに対しての敵意を隠そうとしないし、スザクもそれを受け止めることにしている。ジェレミアにとってようやく巡り会えた主人であるルルーシュ、彼を精神的に追い込んだのは自分だ。
 たとえC.Cの髪が常に舞い踊るような強風の中で氷だらけのアイスティーを飲まされても、自分には一切茶以外のものが与えられないのも、甘んじて受け入れるしかない。 寒くてちょっと指先の感覚がなくなってきたり、震えが止まらなくなってきているが、それも自分に与えられた贖罪の機会なのだろう。
 単なるいびりのような気もするが、それは考えないことにする。
「それで素直に帰ってきたのか」
「……あれ以上あそこにいちゃ行けない気がして」
「お前にしてはまともな選択をしたものだ。あれのプライドの高さは並じゃない、それ以上踏み込んだら発狂してたかもしれんな」
「まさか」
 寒さのため震える唇で、何とか言葉を紡ぐ。
 背後には給仕用のワゴンの上でケーキを切り分けているジェレミア。時折ナイフ同士がこすれあう音がすぐ側で聞こえ、明らかな生命の危険を感じるが、C.Cの話を聞かないわけにはいかなかった。
 あの時ルルーシュの心はわずかだが開きかけていた。
 自分の不用意な言葉でまた彼を傷つけて、更に追い込んでしまったけど、ただ彼の様子を伺うだけでは何も手に入らないことだけは理解できた。彼の心を傷つけるリスクを負わなければ、何も手に入らない。ならばそれ相応の覚悟をしなければいけないだろう、彼を傷つけてでも自分はルルーシュの笑顔が見たい。
 最初はC.Cからの頼み、でもスザクの心の中にある過去のルルーシュの笑顔は他の誰の笑顔より鮮やかに心の中で咲き誇っている。あれ以上に自分にとって美しく価値のあるものが、他にあるだろうか。
「なあ、お前にとってルルーシュは何だ?」
「幼なじみ……いや家族かな」
「とりあえずはそういうことにしておこうか。なら家族であったルルーシュと今のルルーシュは同じものなのだな」
「え?」
「家族だから、あれとの絆を失いたくないのだろう。あれだけ虚仮にされたというのに」
 大切な、自分と心と記憶の一部を共有している存在。
 だが彼はスザクの大切な人を奪い、ギアスという名の鎖でスザクを縛り付けた。例えその全てがルルーシュの悪意のよって生まれたものではないとしても、スザクにはルルーシュを恨む権利がある。実際に彼に対する憎しみで行動していた時期もあったのだ、それが今はどうだろう。
 寒さのために震える指でそっと己の頬に触れる。
 あの時触れたルルーシュの頬は暖かかった、でも生きてはいなかった。
「あと一つだけ聞く」
 ジェレミアにお茶のお代わりを注がせ、自分は湯気のたったチェリーパイを手に取りながら、C.Cは静かに口を開いた。

「お前が望むのはルルーシュの過去か? 未来か?」

 どういう意味でC.Cがその質問を口にしたかはわからない。
 だがスザクの中でその質問の答えは、もうすでに決まっていた。
 C.Cにとって正解なのか、誰にとって不正解なのかなんてどうでもいい。心から決して消えることのない幼い日のルルーシュの姿、再会してから再び刻んできた二人の時間。彼以外の人間と一緒に生きていていくことなんて考えられなかった子供の頃から、スザクは心に宿るただ一人の面影のために生きてきたのだ。
「ルルーシュが昔みたいに笑って側にいてくれること、俺が望むのはそれだけだ」
 口にして、すべてが繋がったような気がした。
 ルルーシュが笑って自分の側にいてくれること、スザクが最初に望んだのは子供のような小さな願いだった。時の経過の中で少しずつ忘れ、埋もれ始めていたその思いはちゃんと自分の中にまだ存在したのだ。
 何があっても消し去ることができなかったそれが、自分の中の『答え』なのだろう。
 そんな思いを察したのか、C.Cの唇が笑みの形につり上がった。
「そうか、ならばそのまま進めばいい。坊やの望む答えではないかもしれないが……まあそれも一興だろう」
「憎たらしいことを言う女だな」
「思うがままにやってみればいい、その答えが間違っていれば裁きが下る、それだけのことだ」
 相変わらずジェレミアはスザクに対する殺意を隠そうとすらしない。
 だがその殺意という名の刃の中に、わずかな暖かみが宿り始めたように感じたのはスザクの気のせいだろうか。
 ルルーシュを挟んで今後も彼らとは和解することなどないだろう、だがルルーシュのことについて語り合うことはできる。彼を守るために、彼を自分がよりよい方向に進むために。
 寒さで赤くなった指で、濡れたグラスの中身を一気に飲み干す。
 喉を滑り落ちて一気に体を冷やしていく琥珀色の液体は、幼い頃ルルーシュと一緒にみた夕日によく似ていて。今度はこの話でもルルーシュにしてみようか、そんなことを考えながらスザクは冷たくなった息を吐き出した。