『贖罪のラプソディー』5








 一緒に食事を取る。

 それだけのことが、こんなに大変だったとは。




 結構苦労して採ってきたそれに、ルルーシュは汚物でも見るような一瞥を喰らわせてくれた。
「なんだそれは……」
「朝のジョギングついでに川で取ってきたんだけど、捌いてくれないかな?」
「本気で言ってるのか? ゲテモノ食いにも程があるぞ」
 自分の手の中でぴちぴちとはねている川魚。
 昔何度かルルーシュと魚釣りに行ったことがあるが、そういえばあの時もルルーシュは魚をこんな目で見ていた。確か幼かったルルーシュは、いちいち泥を吐かせないと食べられない魚に価値はないと一蹴していた記憶が。
 それでも釣りという行為自体は楽しんでいてくれていたはず。
 なんとかこの魚をとば口に、会話と食事の糸口を掴みたいと思っていたのだが……
「どうしても喰いたいというのなら、泥抜きをしておいてやる。明日になったら取りに来るといい」
「あ……いや別にそこまで食べたいというわけでも……」
「なら川に返してやることだな、食べるわけでもないのに取るのは可哀想だ」
「……うん……」
 C.Cに言われてからもう何度目かのチャレンジだが、まだルルーシュと食事を共にすることは叶っていない。腹が空いたとさりげなく訴えると弁当を用意され、話がしたいことを伝えると公務の話になり、ならば思い出に訴えかけようと朝も早くから魚取りにいそしんでもこの有様。
 スザクの運動神経がすさまじいレベルでも、魚を素手で捕まえることは結構大変だったのだが。
 そんな苦労もいざ知らず、ルルーシュはスザクの手の中でまだ元気に跳ねている生命力の強い川魚を未だにじっと見続けている。何が気にくわないのか、それとも気になることがありすぎるのか。
 純白の部屋に佇む漆黒の髪を持つ主は、少しのためらいの後どこか気恥ずかしげな顔で口を開いた。
「食べないのなら、もらってもいいか? 水槽を用意させる」
「別に構わないけど」
 どうして? と聞いたら、きっとルルーシュは口も心も閉ざしてしまう。ただでさえルルーシュはいきなり足繁く通うようになり始めた自分に疑惑を向けているだろうに、これ以上不信感を煽る行為はしたくない、今は。
 暁の光を受けた瞳が見ているのは、スザクではなく魚だけ。
 一緒に食事を取る、そんな当たり前のことすらできなくなってしまった自分たち。最初C.Cに言われたときは、なんでそんな普通のことをと思ったものだが、これほど難しいことはなかったのだ。
たわいのない会話をして、食事を楽しむ。
 こじれきってしまった今の自分たちには、そんな普通の行為を普通に楽しむことすら遠い話。なんのためらいもなく食事を共に楽しむことなど、できるわけがないのだ。
 それがわかっていて頼んだのだとしたら、あの魔女はどれだけ意地悪なのか。
さて魚作戦が失敗したので、次の手を考えなくてはいけないのだが。どんな手を使えば、何を言えばルルーシュは固く閉ざした心の扉を開いてくれるのだろう。堅く唇を引き結び、スザクを受け入れまいとしている彼に気持ちを届けるには、どんな魔法が必要だというのだろうか。
 それこそ、あの魔女に力を借りなければいけないのかもしれない。








 皇帝の私室兼執務室の机に、小さな水槽が置かれたのはその日の昼前の事だった。
 自分の私的な物品については無茶な要求をしてこない皇帝が、自らの権限全てを使ってまで迅速に設備を整えさせたことにも驚いたが、どれだけ高級な魚を買うかと思えばそこら辺にいる川魚である。
 気まぐれにも程がある、と周囲の人間が噂したが当の皇帝陛下は至ってご満悦なようだ。
 最近すっかり血色の悪くなった顔が、水槽を見るときだけ柔らかくほころぶ。政務の最中に水槽を指で叩いて魚と遊ぶ姿は、数少ないルルーシュの側近を久々に喜ばせたのだが。

 スザクがそれを知るのはもう少し先、一番知ってはいけないタイミングでのことだった。