『贖罪のラプソディー』 4







 持って生まれたたぐいまれな身体能力だが、それを生かすには日頃の鍛錬が欠かせない。
 まだ日が完全に昇りきらぬ中、ルルーシュの瞳の色のような暁の空を見ながらランニングをしていると、待ちかまえていたかのように木立の合間から金の瞳の魔女が現れた。
 基本的にスザクはこの魔女が嫌いである。
 当然のようにルルーシュの側に侍り、彼を守り愛おしむ。その上、彼にギアス能力を与えこのような状況に追い込んだ張本人だというのに、反省するそぶりすら見せない。そういうことをするようなかわいげのある女ではないとわかってはいるのだが、多少は今のルルーシュの運命を思い涙の一つも流せばいいのにとは常日頃思っている。
 この女が何をしても気にくわないだろうが、きっと。
「俺に何の用かな?」
「ルルーシュの前では僕で、私の前では俺か。随分ルルーシュの前では猫を被っているんだな」
「誰の前でも態度が変わらないのもおかしいんじゃないのか?」
「私は常に今のままでいる存在なのでな……ああ、遊んでる場合じゃなかったな。さっさと来い」
「…………来い?」
 菫色の空の下、金色の瞳がスザクを射抜く。
 互いにルルーシュの近くにいると自負しているが、精神的な距離はC.Cの方がずっと近い。ルルーシュを間において対極にいる存在であり、互いに大して少しどころではない敵愾心を持っている同士、こうやって二人で話すことはないと思っていたのだが、魔女の方にはのっぴきならない用があるようだ。
 表情が今日は幾分硬い。
「緊急事態だ」
「緊急?」
「いいから来いと言っているだろう」
 首根っこを捕まれる勢いで連れてこられたのはルルーシュの私室だった。
 どう見ても安らかに眠っているとは思えない、苦しげな呼吸。そのまま時折体を苦しそうによじっているルルーシュの顔色は、曙光を浴びているからという理由では説明がつけられないほど青ざめていた。
「今日は特にひどい」
「いつもなのか!?」
「睡眠時間は短い、食事も摂れないときの方が多い、おまけに常に仕事に追われて周囲は敵だらけ。それで普通に暮らせると思うか?」
ベッドの端に腰掛け、汗で張り付いたルルーシュの前髪を綺麗に整えてやっているC.Cの顔がわずかに歪む。後ろで立っているスザクに表情を見られまいと、顔の角度を変えようとするが、斜め後ろに立っているスザクからはどの角度からでも丸見えであった。
 それでもスザクに困った顔を見せないようにするのは、彼女なりの矜持の表れか。
「悪い夢でも見ているのだろうな」
「ルルーシュが……」
「ん?」
「何故ここまでルルーシュが追い詰められなければならないんだ?」
「簡単なことだ。何かを得れば代償を払う……これは人よりそれが大きいだけだ。誰も代わってはやれん。これも救いなど求めないだろうしな」
「じゃあ何故俺を呼んだ」
 誰も救えない、このまま苦しみ続けるだけ。
 そう言い切るためだけに、スザクにこれを見せたのか。嫌がらせで見せるような軽いものでも、笑い飛ばせるようなものでもない。
 むしろスザクに罪悪感という剣を突き立てるために呼んだとしか思えなかった。
「お前も同じだろう?」
「っ!」
「犯した罪と贖罪の意識の間であがくのは楽しいか? ゼロレクイエムに協力することで罪の意識は薄れるかもしれんがな、それを更に背負うことになるこいつはどうなる?」
 全てを背負い安らかに眠ることすら許されないルルーシュ。
 死という解放があれば今苦しんでもいいのか、それ以前に彼は人の心を弄んでたかもしれないが、この世界の悪を全て引き受けて死ぬ程の罪を犯したのだろうか。

 本当に罪を負わなければいけないのは自分だ。

 ルルーシュはそれすらも背負おうとしているだけ。
 無意識のうちにルルーシュに全てを押しつけて、楽になろうとしていた。その事実を突きつけられて、スザクにできたのは震える声でC.Cにこう聞くことだけだった。
「俺は……どうすればいい?」
「私にはできないがお前にできることがある。ルルーシュのために、それをして欲しいだけだ」
 何をすればいいのだろう、自責とほんのわずかな恐怖を込めて魔女に返答を問う。
 するといつものように、にやりと笑うわけでもなく。真面目くさった顔で説教をしてくるわけでもなく簡潔かつわかりやすい一言が、スザクに与えられた。





「一緒に飯を食ってやってくれ、普通にな」