『贖罪のラプソディー』3 「また無茶いうねえ……」 「無茶は承知だ」 「わかってんならいいんだけどね、それで撮影はいつにするのかな?」 「数日中に」 日もとっぷりと沈み、目に優しい灯りが室内を優しく彩り始めた頃、ロイドはへこへこと無駄に頭を下げながら現れた。今日片付けるべき政務はとっくに片付け、今は皇帝としてではなくルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという一人の人間の時間となっている。 皇帝になることを強制的に認めさせたとはいえ、貴族制度の廃止や税制の改革など、国をひっくり返すような政策を次々を打ち出すルルーシュに対する貴族達の評判はすこぶる悪い。まだ嫌がらせの範囲だが、食事に死ぬほどではないが毒物が入っていたり、衣類に縫い針が仕込まれていることも今まで何度かあった。 このまま続けていけば、間違いなくルルーシュを本気で殺そうとする人間が出るだろう。 ルルーシュがかけたギアスは、あくまで皇帝になることを認めさせるもの。決して皇帝に絶対服従を誓わせるものではなく、皇帝が嫌になる自由も謀反を起こす自由も最初から認めている。裏切ってシュナイゼルにつく奴らがいるのも計算済み、それを御せないルルーシュではないし、簡単に裏切る人間を信じる兄でもないだろう。 そういう意味で、彼と自分の今の状況は理想的とも言えた。 互いが常に最善の手を取るとわかっているからこそ、相手の手が読みやすい。今回ロイドに頼んだことも、彼が自分にとって最高の敵だからこそ取れる手段。あの兄は自分の手を全て読み切るだろうが、唯一の誤算がルルーシュが生き残ることを望んでいないということ。 一番大事な要素を抜いての思考なら、隙はいくらでも見つけられる。 「ところで陛下?」 「なんだ?」 「随分顔色が悪いけど、食事はあきらめるとしてちゃんと寝てるのかな?」 とろりと粘り着くように感じるが、決して不快感を与えない声。 ロイドなりに心配してくれているのか、目を細めながらじっくりとルルーシュの全体を観察している。ベッド脇の椅子に腰掛けて楽にしているルルーシュと、最上級の貴人の前ということでしっかりとした姿勢を崩さないロイド。立場はルルーシュの方が上だが、ロイドの目には国の最高権力者に対する敬意やへりくだりは一切感じられなかった。 どちらかといえば近所の子供を心配するお人好しの青年の様な。 ルルーシュの現在の食事状況を、彼は理解しているのだろう。時折呼びつけると籠いっぱいの果物やケーキなどを献上品として持ってきてくれる。以前青紫色のカップケーキを持ってきたときは全力で断ったが、彼の心づくしがルルーシュを生き延びさせてくれているのは事実。 最初は変な男だと思ったルルーシュだったが、今はかなり心を許すことができる相手となっていた。 「大丈夫だ、あと6時間後には眠れる」 「忠義の騎士様がいるのはいいことだねえ」 「俺には勿体ない程の忠義者だ」 「もう片方の騎士は?」 「あれは俺の騎士ではない……ユフィの騎士だ」 疲労と感情の乱れが、漏れる呼吸を大きく乱す。 お人好しに見えて、痛いところは的確についてくる。ばれぬよう胸元に手をやって呼吸を整えると、口に皮肉げに見える笑みを浮かべてロイドに改めて向き直った。 「KMFの操縦にも精神的な要素は絡んできてねえ」 「何事にも精神的なテンションが絡むのは当然のことだな」 突然話題を変えてきたロイドに話を合わせながら、ルルーシュは枕元に置いてある時計で時間を確認する。今日はもう予定を入れていないが、ロイドの話にどれだけ付き合うかを決める必要があった。 「スザクの調子が悪くて、どうもランスロットの調整が進まない」 「色々あったからな、あれも体調が悪いんだろう」 「この部屋の方を見て、悩ましげなため息をついてることが多くてねえ……」 「き、気持ち悪いな」 うん気持ち悪いね、ときっぱり言い切るロイドだったが、その言葉の後で一度軽く唇を噛んだ。騎士位も持つ男が、生来の柔らかさや優しさを捨て去った声で、真摯にルルーシュに向けて言葉を向け始めた。 「僕は君たちの間に何があったかを追求する気なんてないんだけどね……ランスロットに影響を与えるのなら話は別だ」 「………………」 「偽りでもいいからスザクに優しくしてやってくれるとありがたいね、本気の優しさをくれるのが一番いいだろうけど」 「…………俺に………………」 「ん?」 「俺に……その資格はない……」 死にゆく人間に偽りの優しさを向けられることが、スザクの救いになるわけがない。 誰が死ぬとわかっている人間に優しくされたいと、絆を作りたいと願うものか。彼を受け入れず、ゼロレクイエムを達成する道具をして扱う事が、彼の未来のために一番必要なのだ。 そう思いこむ、必死に自分にそう言い続ける。 「決めるのはキミだけじゃない……少なくともボクはキミのことを気に入り始めてるし、できればキミもスザクも幸せになって欲しいと思ってる」 陛下じゃなければいい子いい子してあげるんだけどねえ。 いつもの口調に戻ったロイドがそう口にしながら退室した後、空調のわずかな音だけが支配する空間でルルーシュは静かに唇を動かした。 「ジェレミア」 「こちらに」 「少し眠る……すまないが後のことは頼んだ」 「御意」 窓の外、ベランダから聞こえてきた声。 責めず、自分の思いを訴えることをせず、純粋にルルーシュの道具として存在してくれている彼の存在は、ルルーシュにわずかだが救いを与えてくれた。 そして今日も、苦悩と悔恨に彩られた夢を見る。 |