「狭間の熱」 気がついた時には背中が温かかった、というのもおかしな表現だが。 毎度毎度の市街戦が終わり、奇妙な連帯感と賑わいの中で疲れ果ててそこら辺の路地裏でさぼりを決め込んで眠ったのが日がまだ高かった頃。目が覚めたら何故か日がとっぷりと暮れていた上に、自分より遙かに図体のでかいエルヴァーンが自分の背中にもたれかかっていたりしている。おまけに、その重みで起きた自分が再び眠気に誘われるほど心地よい寝息を立てているのは、もはや嫌がらせとしか思えなかった。 戦い終われば後片付けは周囲頼みの自分とは違い、全ての指揮を執らなければならない男が何でこんなところで寝こけているのか。それ以前に、派手な目立つ鎧を身につけた男二人が路地裏とはいえ背中合わせで眠っている図に、周囲の人間は何も感じなかったのか。人が通りがかったのなら聞いてみたいところなのだが、ガダラルお気に入りのさぼりスポットは当然の如く人がほとんど通りがからない。 風が吹き込むだけで逃げていかないからか、枯れた草や綿埃が舞う静寂に包まれた空間。光もほとんど差し込まないので夏場の昼寝にはもってこいなのだが、さすがに日が暮れると寒気を感じ始めてしまう。 よくこんな所にいた自分を探しあてられたものだと思いながら、あくびをかみ殺す。 このまま二度寝を決め込むのもいいが、ここで寝ると風邪を引くのが目に見えている。ついでに背中の荷物も一緒に起こして連れて行こうと、手を後ろに伸ばして揺すってやろうとした時。 「もう少しこのままというわけにはいかないかな」 「起きてたのなら、さっさと言え」 「今起きたところだ」 くすくすと笑い混じりの声が、背中伝いに響いてくる。 眠っていたとは思えないほど明瞭な声に、こいつ本当は寝たふりをしていたんじゃないかと疑いつつ、相手の背中に思いっきり寄りかかった。先程までの彼を重いとは思ってはいなかったが、こういうときはお互い様。 合わさった背中と、シーソーゲームのような力のかけ合い。 疲れたときは相手に寄りかかって、相手が疲れたときは自分が背中を貸して。まるで普段の関係の縮図のような状態に少し笑みがこぼれたが。 その笑みは今彼には見えない。 自分が体を預けたことで彼もきっと喜びの笑みを浮かべているのだろうが、それも自分には決して見えない。 相手のことが見えないからこそ、想像し、そして自分勝手に喜んだり悲しんだり。恋愛なんて常に背中合わせみたいなものだ。 だからこそ、わずかに伝わる相手のぬくもりが、何よりも愛しい。 「少し冷えてきたかな」 「わかってるならさっさと帰るぞ」 「君の背中が温かいのでね、まだまだ大丈夫なつもりだが」 「勝手に言ってろ! 風邪を引いたら貴様のせいということにして、思う存分休みをもぎ取ってやるから覚悟しておけ」 「それなら私が看病させてもらおう」 「……貴様の看病だけは断る……逆に殺される」 時折髪を巻き上げる髪や相手の言動にぶつくさ文句を言いながらも。 文句を言うほどには離れたくないのだから、今日の自分は始末が悪い。ここならば誰に見つかることもないだろうし、昼の間に流れ込んできた暖かい空気がもう少しだけこの場を守ってくれるだろう。 そして伝わってくる相手の暖かさも。 軽口をたたき合い続けていると、かぜがふわりと互いの髪を持ち上げる。視界を流れていく長い黒髪が、今日も互いに生き延びたのだと改めて教えてくれた。 本当に小話ですが、かなり好きだったり。 背中合わせに表情を見せずに互いの生存を喜ぶというシチュエーション自体が大好物。 BGM「恋のぶらっくほ〜る☆」by 電気式可憐音楽集団 |