「ほのかな朱」 その日、外に出た人間が最初に口にしたのは「寒い」という純粋な感想だった。 井戸の水が凍り、外を歩くだけで髪の毛すら凍る寒さの中、雲一つない青い空がやけにまぶしい。普段はにぎわう通りも、寒さのあまり酔狂な冒険者か、寒さの中でも防備を怠ることができない兵士以外の姿は見かけられなかった。そんな彼らも鎧の留め金すら凍り付く寒さの中動くのは大変なのか、ぎくしゃくとした歩きの者が目立っている。 「寒いよ〜 今日は巡視はなしにしようよっ!」 頭巾の内側で耳が震えているミリに、他の五蛇将が笑いをもらした。 鎧の内側のあて布を厚めにしたり、分厚い外套を羽織ったりとそれぞれ工夫しているようだが、笑い声が全員かすかにふるえている。 乾燥しがちなアトルガンの気候でここまで寒くなったことは少なくともここ数十年なく、民だけではなく皇宮も大騒ぎになっているそうなのだが。原因が原因なので、誰も文句が言えないところだった。 「大丈夫ミリ? 暖かい物でも飲みに行きましょうか」 「甘やかすな、この程度の寒さで根をあげる馬鹿がどこにいる」 「寒いものは寒いの! だいたいこの寒さだって、ガダラルが後先考えずに魔法を打ちまくったからじゃないか!」 「俺のせいにするな! 俺一人でここまでできるわけないだろうが!」 いつもの調子でいがみ合い始めた二人を、あわてて他の面子が引きはがす。ナジュリスがミリを、ルガジーンがガダラル優しくなだめ、その間でザザーグは万が一の事態(ガチバトルともいう)に備えて待機する。普段は別行動が多いため、こういうときしかチームワークを発揮できないのが、よく魔笛を奪われる主原因なのかもしれない。 「別にガダラルだけの責任ではないと皇宮の魔術師たちもいってただろう?」 二人が落ち着いたのを見計らって、リーダーたるルガジーンがゆっくり口を開く。 「精霊魔法の過剰使用で皇都周辺の気候のバランスが崩れたのは事実だが、ガダラル一人の責任ではない」 「……当たり前だ」 「半分くらいだろうな」 さらっとルガジーンがそう口にすると、全員の目線が一気にガダラルに集中した。 やっぱりガダラルが悪いんじゃないか、と体を震わせながら抗議するミリと再度いがみ合いを始めようとするガダラルの間で、ナジュリスが至極真面目な顔をしながら首をかしげた。 「ガダラルが悪いのは周知の事実だから構わないのだけど」 「だから俺だけを悪者に…………」 「さすがにこの寒さでは蛮族たちも侵攻してこれないでしょうし、あと数日はこの状態が続くらしいから、見張りは最低限でいいのではないかしら」 ちょうど今日はルガジーンの日だし、そう残酷なほどドライに発言したナジュリスに、周囲の空気が更に凍り付いた。さすがにそれはひどいのではという意見も主にザザーグから少しだけ出たが、 ルガジーンだしまあいいや という結論に達したのは、ある意味当然のことだったのだろうか。 かくして、鎧も凍る寒空の下、ルガジーン一人だけを残して今日は待機ということになったのだが。 「…………ガダラル、どうかしたのか?」 帰るわけではないが、かといって近づいてくるわけでもなく。 微妙な距離を保ったままこちらを無言で睨みつけるガダラルに、ルガジーンは優しく声をかけた。どうしても伝えたいことがあるときは、逆に口ごもるのがガダラルの常なので、彼が口を開いてくれるまでただ待ち続ける。 彼の中でどのように思考が展開しているのか。 それを想像することがまた楽しいので、指先から凍り付いていきそうな寒さを動かずに耐えていると、己の分厚い皮の外套を脱ぎ捨て、こちらに放り投げてきた。 「受け取れ」 「君が寒いだろう」 「ザザーグと酒でも飲んでくる、せいぜい寒さに震えて働くことだな」 そう言い終わる前に背中を向けて歩き出したガダラルの耳から首にかけての皮膚が、綺麗に赤く染まっている。それが寒さのせいではないことは当然わかっていたので、彼から受け取った外套を着込みながら、平静な不利を装って声をかけた。 本当は嬉しくて仕方がないのに。 「今日の夜食は何を用意してくれるのかな?」 「貴様の意見を聞く気はないぞ」 「暖かい物がいい、腹にたまるような物が」 「死ぬほど辛い物でも用意しておいてやる」 背中を向けていても、言葉に棘があっても、最後の最後で甘さの抜けない愛しい人。 きっと暖かくて優しい味のする夜食を用意しておいてくれるだろう、少し辛い味付けと山ほどの文句をつけて。 それが待っていると思えば、多少の寒さだろうが何だろうと耐えられると思えてしまう、馬鹿な自分を内心笑いつつ、軽く息を吐いて気合いを入れ直した。 甘くない〜とチャットで悶えながら書いてました。 いちゃつくときはとことんいちゃついて、普段はあっさりドライな関係がいいな〜とは思いますが、すっごくドライすぎですあんたたち(苦笑) あ、ナジュリスは絶対に素で黒いけど基本的に白いと思うのです。そして、今後この路線は基本的に継続されていくことに……ナジュファンのかた、ごめんなさい。 BGM「とある竜の恋の歌」 byいとうかなこ |