「夜話」









 目を覚ますと、空にはまだ赤みがかった月が鎮座していた。
 刃ですっぱりと二つに断ったような形と、闇に溶けぬ光を放つ月を見ながら水差しに手を伸ばすと、横で眠っている男がわずかに身じろぎをした。自分がわずかに動いたので、上掛けがずれたらしい。水を一息で飲み干してから胸元までずり落ちた布を直してやり、綺麗な濃い色の肌が呼吸に合わせて動く様をしばし眺めることにした。
 片手には水の入った杯。
 もう片手は彼の鼓動を感じ続ける。
 目を閉じて、ゆるゆると近づいてくる眠気に身を任せてしまえばあっさりと終わってしまう、短くも愛おしい一時。眠らないと一度決めると何があっても眠ろうとしない男が、安心して眠る場所が自分の側だけというのは誇るべきなのだろうが。
 その分自分が彼の眠りを守らなければならない。
 甘えるのはいいがそうすると自分が眠れない、二人で寝こけるわけにもいかないだろう。そう聞いたことがあったが、彼はどこか悲しげな笑顔で笑うだけで何の答えも返さなかった。自分の側を逃避の場所と決めたのか、それとも別な意味があるのか。
 意味がわからぬまま、彼の眠りを守る。
 目が覚めたらいつもの調子で魔法の一つでもたたき込んでやろう、それとも朝食に入れる香辛料の量を倍にしてやろうか。愛だの恋だのという関係の形と、依存をはき違えている男にはそれくらいの罰は必要だと思うのだが。
「馬鹿者だよ……俺も貴様も」
 もう一度だけ水を喉に流しこみ、浅くて長い眠りをとるためにもう一度床に潜り込んだ。
 互いの距離も、向け合う思いの意味すらわからぬ状況より悪い夢も、最悪の現実もあり得ない。醜い思いをぶつけ合うこともできず、相手への距離を見失う。そんなあやふやな関係は、いつまで続くのだろう。

 いつ終わるのだろう。

 鏡よりも光る夜の月でも、人の心は照らし出せず。
それを悲しいと感じる前に、さっさと眠りの世界に逃げ込むことにした。










 あんたら、何が理由でそんなにこじれた?
30分で書いて自分で唖然とした……そして書き終わって「甘えるのはいいんかい、このツンデレバカめ〜」と苦笑いするしかなく。
書きながら聞いていたのが「悲しみの向こうへ」だったのが悪かったんだろうか……?



BGM「悲しみの向こうへ」 byいとうかなこ