「朱の色」




 

 じっとりと汗ばんだ肌に湿気と熱気が絡みつく。
 上掛けが必要ないほどに暑い室内、窓を全開にしても逆に熱気が室内に入り込んでくる状況では大人しくしている方が涼しいわけで。わずかな布も纏っていない体は情事の後でもないのに、ひと運動した後のようにしっとりと濡れていた。寝床に横になっているだけで汗が噴き出てくるとというのに、同衾している相手は涼しい顔で自分の髪に指を絡ませておりまたそれが熱さを増幅する。
 普段はまとめてある豊かな黒髪が背を滑り落ち、目の前で光をさえぎる幕のように広がっているのは綺麗だが、それで周囲の熱が減るわけでもなく。
「……暑苦しい」
「確かに今日の暑さは少し異常かもしれない」
「そうじゃなくて貴様が暑苦しいんだ、ずっと人の髪を引っ張ってるが、何か俺の髪に恨みでもあるのか!?」
「恨みじゃなくて愛情を込めたつもりなのだが……」
 腹ばいで寝そべる自分の横、一応腰周辺の布を蒔いて座っているルガジーンに抗議してみるが、彼の指が自分の髪を梳く行為が止むことはなかった。
 しっかりとした長い指が髪の流れを阻害したり、頭皮に爪を引っかけてくれれば更に文句のいいようもあるのだが、彼の指は自分を心地よくさせることしか考えていなかった。優しく頭を撫でたかと思えば、彼の物よりはるかに短い赤毛の滝を指で辿り。時折耳を指で優しく、くすぐる温かい指の感触がじわりと眠気を誘っていく。
 問題は、眠気と同時に彼の指の熱さが暑くて眠れないということを思い出させること。 最初は面倒なので部屋ごと凍らせようとかと計画していたが、それは先程ルガジーンに本気で止められあっけなく頓挫。その次は水でも浴びれば涼しくなるだろうと考え水を浴びてみたのだが、一時的な涼しさは快眠の手助けにはならず。
 おまけにじっと見つめられながら髪を梳かれ続けていては、次の手を考えることもできやしない。
「さっさと寝ろ」
「この暑さではなかなか眠くならなくてね」
「俺はさっさと眠りたいんだがな、貴様もさっさと横になればいいだろう」
「私を心配してくれていると考えてもいいのかな?」
「貴様が横にならないと俺が眠れないだけだ……まあ、それが貴様に対する心配だというのなら、そうなのかもしれん」
 額から流れ始めた汗を顔をシーツにこすりつけて拭いながらそう答えると、ぴたりと指の動きが止まった。今の言い方が気に障ったのかと思い相手の顔を見上げようとすると、大きな掌が今度は顔を包み込む。
「何度も言うが、俺は暑いんだ」
「…………そういう……つもりではないのだが…………」
「じゃあどういうつもりだ?」
 視界を塞ぐ手の暑さと汗で前髪が額に張り付いて、うっとうしい事この上ない。
 暑いから眠れないと言っているのに、更に人の不快感を増すような行為をするなと訴えると返ってきたのは、 
「今は君に顔を見られたくない」
 というどこか気恥ずかしげな答えだった。
「貴様の顔なんて見慣れてる、何を今更おかしなことを」
「おかしな事ではないと思うのだが……確かにおかしいといえばおかしい……のかも……」
 塞がれた視界の外でどんな顔をしているのかは知らないが、でかい図体でもじもじと体をくねらせているのだけは気配で伝わってくる。それだけで汗ばんだ体の周辺の温度が下がったような気がしたが、実際に下がってくれることはなかった。
 精神的には何かが冷え切った気がしたのだが。
「と、とにかく落ち着け、というかさっさと寝ろ」
「……君に……」
「ん?」
「君に心配されているのが…………嬉しいと言えばいいのか……」
「いい年してそんなことで悶えるな、気持ち悪い」
 きっぱりと彼の言葉を切り捨てた、つもりだったのだが。
 頭から顔を覆っていた手が今度は顎に回され、軽く顎を持ち上げられた。

 枕元のわずかな灯り。

 照らされた自分の顔。

 周囲の気温が下がったのか、何故か肌寒く感じる。ぬるいのに冷たく感じる空気が肌に触れる中、目にまだ戸惑いと喜びの色を残した恋人は、

 わかっていると言いたげに笑って、額に唇を押し当ててきた。












 恋人の言動で悶える、変態な天さん(苦笑)

 暑い日にくっついて寝ると地獄、だけどくっついていたい変態ぶりが如実に……というか、こういう優しくて真摯な変態さんは手に負えない、すごく。


BGM「砂銀」