「終わらない旋律」




 柔らかで明るい色合いのシーツの上を、カードが静かに滑っていく。
 立てた膝の上に肘をつき、器用にバランスをとりながらもう片方の手でカードを扱うガダラルの顔からは、何の表情も読み取れない。カードを捨てる手にわずかの迷いもためらいもなく一見何も考えていないようにみえるが、頭の中ではすさまじい勢いで勝つための方法を模索しているのだろう。
 その証拠に、単純な運が一番重要な要素のゲームだというのに、未だに一度も彼に勝つことができていない。長い夜の暇つぶしに、軽く金でも賭けて遊ぼうかという目的だったはずなのに。
 来月の給料の半分が差し押さえられていた。
「そろそろやめるぞ、もう寝るからな」
「もう一度だけ……それで終わりにしよう」
「ルガジーン、貴様は博打に向かん。さっさとやめておけ、金も半分は返してやるから」
「そういう問題ではない、意地の問題だ」
「……そんな意地は山奥に捨ててこい……もう一勝負だけだぞ」
 相当眠気が来ているのか、カードを切り始めるガダラルの顔は相当面倒そうであった。こちらとしては給料がどうとかという問題ではなく、このままやられっぱなしというのは嫌だというだけで、別にガダラルの眠りを阻害したいわけではない。
 一度勝てればいいのだが、そう思っているとガダラルから意外な提案をされた。
「もう面倒だ。一番簡単なので勝負をつけるぞ」
「どうやって?」
 しっかりとした長い指が2枚のカードをルガジーンの前に伏せたまま置く。
「互いにカードを一枚取って、数が大きかった方が勝ち。これならすぐに勝負がつくだろう、貴様が勝ったら給料は半分返してやる」
「全額ではないのか……」
「あれだけ負けておいて、随分身勝手な言いぐさだな」
「すまない……で、君が勝った場合は?」
「そうだな、子守歌でも歌って添い寝してもらうか」
 くすくすと、滅多に見せない素直な笑い顔。
 普段の凛々しさと強さを体現する笑い顔も好きなのだが、二人きりの時ちょっとした会話の中で見せる無邪気な笑い顔が、何よりも愛おしかった。自分だけに見せてくれる特別なものであり、自分以外には決して向けられない物。
 自分が彼の特別だと思える、数少ない瞬間。
 改まってベッドの上で正座しながら、目の前に置かれたカードを改めてじっくりと見るが。当然どちらが勝ちをもたらしてくれるカードだかを、伏せた状態でわかるわけがない。これはもう運に任せるしかないか、と適当に手に近い方のカードを取った。
「そっちでいいのか?」
「ああ」
「じゃあ開けるか」
 かけ声を賭けるわけでも、呼吸を合わせるわけでもなく、二人同時に伏せたカードを開いた。ガダラルの口から笑い声が漏れ、自分も思わずどうしていいかわからずため息をついてしまう。

 同じ数字、だった。

「こういう場合はもう一度か」
「引き分けでいいだろう、俺はもう眠い」
「だが、引き分けだと……」
「金は返してやる、それでいいだろう」
「だが私は勝っても負けてもいない」
「こだわる奴だな、ならさっさと寝るぞ」
 だからそれでは何の解決にもなってないと言葉を続けようとすると、ベッドに潜り込もうとしていたガダラルの指が唇に伸びてきた。
 そのままそっと指が唇に押し当てられる。
「添い寝と子守歌は?」
「え?」
「添い寝と子守歌はなしか?」
「……………………」
 理解するまでに、少し時間を要した。
 勝ちでも負けでもないのなら、どちらもやってしまえばいい。苦虫をかみつぶしたような顔で自分の返答を待っているガダラルが、何を思ってこんな事を言ってきたのか。

 苦い顔の裏にある本当の感情。

 本当に色々な意味でわかりづらい、だが理解できたときは本当に嬉しい。
 唇に当てられたままの指をそっと自分の掌に迎え入れると、そのまま優しく包み込んだ。それから、そっぽを向いてもそもそと布団に潜り込もうとするガダラルの体も自分の懐に迎え入れ、耳元で静かに優しい旋律を口ずさむことにした。
 昔から伝わる、優しい愛の歌。
 きっとどこが子守歌だと怒る気もするが、愛を告げる歌で眠る夜だってきっと悪くない。この胸でさざめく思いを耳に、彼に対する情熱を抱きしめる腕に込めて。

 旋律と柔らかい寝息が絡み合う夜は、静かに過ぎていった。












絶対ガダラルさんがカードに仕掛けかなんかして、ゲーム自体をコントロールしていた気がしてなりません(苦笑) 負けず嫌いで手段を選ばなさそうだからなあ……気がつかないルガさんもルガさんですが。

別な結末もあったんですが、まあそれは別なところで使おうっと。


BGM「White Destiny」by 石田燿子