「ジレンマ」








 蛮族の度重なる襲撃を退けながら、アルザビはつかの間の平和を満喫している。
 眠りを誘う優しく暖かい風と、それを更に温めていくちょうどいい日差し。周囲の見回りをすませ、野外ですごすにはちょうどいい環境の中で、のんびり食事を楽しめるのもこの街が平和な証拠なのだが。
 炎蛇将ガダラルは、大層ご機嫌ななめだった。
「ねえガダラル〜 機嫌直しなよ……あ、これちょうだい♪」
「勝手に喰うな!」
「先に言ったじゃん」
「貴様は喋るのと喰うのが同時だ!」
 魔笛を封じた扉の前でミリと仲良く……はない昼食を食べながら、短い休憩時間を栄養補給に費やしていたのだが。どうも苛々がおさまらないというか、先程の出来事を思い出すだけではらわたが煮えくりかえるというか。
 はっきり言えば、思いっきり気にくわない。
「ちょっとルガジーンに怒られただけなのに、なんでそんなに怒るかなぁ?」
「傭兵の扱い方が間違ってるんだ、あの世間知らずは……」
「まあボクもルガジーンは傭兵を悪い意味で信じすぎだとは思うけど、今回はガダラルが悪いと思うよ」
「いい訳ないだろう! それくらいはわかってる!」
「自分でもやりすぎたのはわかってるんだ……」
 事のきっかけは、命令違反をした傭兵の扱いだった。
 断固として罰を与えることを主張したガダラルと、一度の命令違反で罰を与えることに同意しなかったルガジーンの間で言い争いに発展し、結局ルガジーンが押し切った形になったのだが、その後が悪かった。
 というか、衆人環視の中でその傭兵を思いっきりぶん殴ってルガジーンに怒られた。
 殴ったのは悪いことだとちょっとは反省もするし、罰は与えないと明言したルガジーンの面目をぶっ潰したのも悪かったかなと思うのだが。
「あれを許していいと思ってるのか、貴様は」
「ちょっと言い過ぎだしやり過ぎだとは思ったけど、ルガジーンが謝っちゃうんだもん。ボクらじゃ何も言えないよ」
 だから、そろそろ落ち着いたら?
 器用に具の一杯詰まったトルティーヤを食べながら、ミリはガダラルの肩をぽんぽんと叩いてくる。背を大きすぎる扉に預け、ガダラルも魚のマリネを挟んだトルティーヤを無言で食べるが、全く味がわからなかった。家で味見をしたときは、渾身の味付けだと思ったのだが、怒りは舌を曇らせるらしい。
 これだけいい天気なのに、気持ちだけが濁っていく。
 食事を落ち着いてとれないのは、色々な意味で良くないとわかってはいるのだが、許せない物は許せないというのがガダラルの素直な信条である。あれだけ虚仮にされてルガジーンが黙って耐えていることも、許し難い。
 上に立つ者が頭を下げることは、組織の崩壊を意味する。
 そんな基本的なことをわからない馬鹿でもあるまいに、何故殴られたことに抗議してきた傭兵たちに素直に頭を下げたのか。
 理由はわかっているのだが、それを認めたくない。
 怒りを通り越してため息をつきたくなりそうになったとき、まんべんなく降り注いでいた日の光が急に陰った。
「五蛇将様はのんびりお弁当ですかぁ〜?」
 小馬鹿にした声は、先程ガダラルに殴られた傭兵のもの。
 並んで座っているミリとガダラルを見て嘲るような笑い声を漏らしながら、嫌味ったらしい言葉を並べてくる男は、先程殴られたことがお気に召さないようだったが。

 それ以上に、ガダラルはこいつのことを気に入らなかった。

 無言で立ち上がりミリを背に庇う。
 庇う必要がないのはわかっているが、ここで彼女を庇っておかないと、この後確実に自分に向けられるであろうルガジーンのお説教が、数倍の長さになる。怒られることは怖くないが、聞いていると眠くなるあの説教はなんとか早めに終わらせたいところだった。











「それで、気に入らなかったから再度殴った……ということか」
「程よく男前にしてやっただけだ」
「顎の骨に罅が入っていたそうだが」
「それはよかった」
 見事な棒読みでそう返してやると、日頃は温厚そのものなエルヴァーンが一気にぶち切れた。
「君はどうして私が穏便に済ませようとしたのに、全部を台無しにするんだ!」
「その穏便に済ませようという考え方がおかしいと言うことにさっさと気がつけ!」
「あんな男すぐにアルザビからいなくなるに決まってるだろう、放っておけばいいことだ」
「いなくなるからって、あんな甘ちゃんの馬鹿を放置しておけば、他の奴にも悪い影響を及ぼすくらいわかるだろう、馬鹿ほど周囲を腐らせるんだ」
「大剣を振り回すしか脳がない脳筋なんて、一人くらいいなくなっても構わない……ちょっと夜道を一人で歩いているときにいなくなっても気づかれないものだよ、ああいう輩ほど」
「それはやめておけ、ばれやすいからな」
「……なるほど、覚えておこう」
 いい具合に論点が曲がりくねっていく言い争いを続けていると、詰所に用があって来ていた傭兵たちの顔色が一気に青ざめていった。いそいそと帰り支度を始める者や、逆におもしろがって続きを楽しみにしている者もいるようだが、別に見られて困るものではないので放置しておくことにする。
 逆にこの話が広まれば、ルガジーンに逆らおうと考える傭兵はいなくなるだろう。
「で、君に怪我は」
「俺があんなへっぴり腰にやられると思うか?」
「それはわかっているが……傭兵一人の怪我より、君の安全の方が重いのでね。一応確認までだ」
 ふう、とルガジーンの口から安堵の吐息が漏れる。
 表面上はガダラルに冷たいくせに、何かあった場合はガダラルを守ろうと手を尽くす馬鹿な男。皇国の未来だの民の平和だの常に言っていても、何よりも優先しているのはガダラルが無事に生き延びることと、自分の側に帰ってきてくれること。
 大切な存在を沢山抱えて、状況に応じて最善の道を選ぶ。
 ある意味小器用な男だとは思うが、ガダラルを守るためなら自分の中にあるルールすら一時的にねじ曲げるところが気にくわなかった。ちゃんと本筋に戻るからまだ許せるのだが、恋人可愛さに自分の本質すら否定することを、ガダラルは許す気にはならない。

 大切に思ってもらえるのは有り難い気もするが、それが彼を変えるのはご免被りたい。

「ルガジーン」
「なんだ…………っ!?」
 ぺしりと、本当に軽く頬を叩く。
 散々苛々させられたお返しと、そして多少の抗議の意味を込めて。ほとんど力の入っていない一撃に驚いた顔をしたルガジーンではあったが、すぐにこちらの意図を察したのか小声ですまないと謝ってきた。
 プライドと愛情と。
 自らの信じるべき心の寄る辺と、共に生きたいと思う存在と。
 互いの職務中に直接触れあうことはなくとも、心は常に近くにありたい。どれだけ互いを思っていても、これは男としてのプライドの問題だなと思いながら目の前の相手を睨みつけ、そして。

 やっぱり腹が立つので、今度はもう少し力を込めて殴っておいた。











出来が悪かったので、今度リベンジします!
きっと、この馬鹿傭兵はルガさんの闇討ちにあって今頃亡き者に……(苦笑) 仕事とプライベート、どっちつかずで悩み続けるのは仕事を持っている人にとってはすごく身につまされると思うんですが。
 仕事もプライベートも一緒くたになる生活は嫌だなあと思うわけです。そこらへん、仕事の時も距離が近いと悩むんだろうなあと思いながら書いていたはずなんですが。

何でも殴って解決している人がいますよ〜

どこぞのガダラルさんの腕白ぶりにはもう唖然と……

BGM「スマイル0円」by スイーツ探検隊×LOVE