「風のように炎のように」




 ここには心地よい風、様々な音が流れている。
 寝そべって空を見やれば、くっきりと浮かぶ金色の月。適度に傾斜のついた場所に寝ころんでいるので、首の角度を無理に変えることなく輝く空を存分に楽しむことができる。
 目を細め、音と風に身を任せていると、下の方からがしゃがしゃと乱暴な物音が聞こえてきた。
「こんなさぼり場所があったとはな」
「いいところだろう?」
「……いいところかもしれんがな…………」
 さすがにこれはないだろう、と言いながら登ってきたガダラルの赤茶の髪が強い風に一気に乱される。壁にこっそり作った穴を利用して、思ったより早く登ってきた彼を手を伸ばして引き上げてやりながら、ふと浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「どうやってここに気がついた」
「物見櫓のてっぺんにアルゴルが刺さってれば、どんな馬鹿でも気がつくに決まってるだろう」
「それは盲点だな、今後気をつけるとしよう」
「貴様を捜せなくなる、それはやめておけ」
 大げさにため息をつきながら、ガダラルは腰につけていた重い革袋を渡してくる。
 中から水音が聞こえるのを確認し、口を開けて口に含むと口の中がねばつきそうな甘ったるい味わいが口の中に広がった。
「甘……いのだが……」
「人の趣味に文句をつけるな、飲まないなら返せ」
「いや有り難く頂いておこう、君が先に口をつけているのだろう?」
 途端に嫌な顔をするガダラルだが、無理に取り上げることはしてこない。
 月の光を浴びて艶を増したように思える赤い髪。わずかな動きできしんだような音をたてる鎧姿のまま上手に寝転がると、珍しく子供のように嬉しそうな声を上げた。
「綺麗なものだな、貴様が逃げてくるのもよくわかるな」
「わかるのか」
「貴様が姿を隠すときは、自分に怒っているか逃げたいときだけだ」
 それ以上は何も言わず、ガダラルは自分から革袋を奪い返し、寝ころんだまま飲み始める。いつもより遙かに穏やかな顔からは、自分を責める気など微塵も感じられない。
 別に責められるようなことをしたわけではない。
 いつもと変わらず仕事をし、皇国のために尽くし。変わらぬ毎日を過ごしていただけなのに、今日は朝から何故か気分が重かった。魔笛を守ることが本当に民の幸せに繋がっているのか、大きな被害を出すほどの価値が本当に魔笛にあるのか。考えないようにしている些末な事が、そんな日に限って頭の中で踊り始め、ますます全てのやる気を失い。
 堂々巡りの末、いつもの逃亡場所で頭を冷やすことにしたのだが。
 ここもガダラルにばれてしまったのだから、変えなければならない。はたして彼に見つからず、景色が良く心が安まる、人がいない場所なんてどこにあるのだろうか。もう一つ付け加わってしまった悩みに、彼の隣に寝ころびながら風に溶けてしまうくらい小さなため息をつく。
「見つかったのがそんなに残念か」
「私だって一人でいたいことがたまにはある」
「嘘つけ、貴様は人がいないと生きられない男だろう」
「何を根拠にそんなことを」
「わからんか。なら耳を澄ましてみればいい」
 どういう意図で……と思ったが、すぐにそれに気がつかされた。
 外を出歩けることを喜ぶ子供と、それを追いかける親。戦利品の分配でもめる傭兵たちの言い争いや、互いの装備を誉め合う声。物売りが売れ残った物を値下げして売り、それを狙っていた人たちが殺到する足音。

 風が、人の息吹を耳に伝えてくる。

「本当に逃げたいのなら、こんな所には来ないだろう」
「…………」
「貴様の望むものは何だ? 逃げることなのか?」
「……この国の平和……人々の生活を守ること……」
 人が望みの根幹にあるのなら、人から逃げることはしない。
 風すら制すような強く透き通った声が、ルガジーンを静かに鼓舞する。普段は自分の求愛から逃げるくせに、こういうときは率先して自分の心を守りに来てくれる。夜闇に輝く炎のような眩さと、冷えた心を温めてくれる熱を併せ持つ、心底愛しい人。
 これで時折火傷しそうに激高しなければいいのに、と考え。
「君はそれでいいのかもしれないな……」
「いきなりなんだ、一人で納得するな」
「優しいだけの君は気持ち悪いと思っただけだ」
 触れれば焦げるような熱を持っているくらいがちょうどいい。今のように時折自分を正してくれる熱さは、優しさに繋がっているのだから。
 隣で寝ころんだままの彼の横顔は、まだ月に目線を奪われていて。いつか自分だけを見てくれれば、そんなことを思いながら月を彼を見比べる。

 流れる彼の髪が、まるで風に煽られる炎のように強く煌めいた。













お歌をネタにするシリーズ、アリスソフトの新作「超昂閃忍ハルカ」のオープニングより。
今回は買っておりませんが(エスカレイヤーが合わなかった)、あまりに曲がかっこよかったので。ルガさん片思い……なのか?

ガダラルさんの台詞を一カ所、最後まで悩んだところを元に戻しています。大して変わっていないんですが、どうしても納得いかなかったので。どう納得いかなかったかは、まあ内緒ということで。





BGM「風のように炎のように」by UR@N